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最初から分かっていた。千春が、あの神社の階段から転落したという話を聞いた時から。
千春はあの場所にお参りに来る度、何を考えていたのだろう。彼女の考えていたものの中に、僕はいたのだろうか。
彼女が記憶を失っていた事は、僕にとっては好都合だったように思う。でなければ僕は、彼女を傷つけていたに違いない。
ただ、何処かで期待していたのだ。彼女がもう一度、僕を家族として呼んでくれる事を。「父さん」として、僕を呼んでくれる事を。
だがあの神社で、千春の無事を願う銀を見て、一は悟った。
ああ、やっぱり、生きている人には勝てないや。
新しく一歩を踏み出そうと動き始めている人を、留まった場所にいるしかない僕に止める権利はない。
先へ進めない僕は、忘れられて然るべきだ。
「……さようなら」
ぽつりと、誰にも聞こえないように呟いてから、彼は病院を後にする。
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