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桜の木は、今年も蕾を膨らませている。この町にも、漸く暖かな風が辿り着く。
「キンダイチ先生! 本当にありがとうございました!」
ぺこぺこと頭を下げる男性の足元には、一匹の猫がじゃれついている。
「俺、こいつがいないと、どうにかなっちゃいそうで……車に撥ねられたりしてたらどうしようって……」
今日も自分を慕ってくれる者の依頼を解決し、金田一は安堵の笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます、本当に……」
「また何かあったら、いつでも相談に乗りますよ。何てったって僕は――」
自身の名が彫られた墓石の前に立った彼は、強気に微笑んで言った。
「ドロドロ事件もヒュ~っと解決! 墓場の名探偵ですから!」
小さな田舎町、丘の上に広がる墓場には、幽霊に限らず人間の間にも流れる不思議な噂があった。
願いをしたためた手紙と、甘いものを一つ、『金田一之墓』と彫られた墓石にお供えする。すると、そこに住む墓場の名探偵・キンダイチ先生が、願いを叶えてくれる、と――。
「一!」
錆びついたペダルを漕ぐ音が慌ただしく響いたかと思うと、自分の名前を呼ぶ声が耳を劈いた。
振り返ると、ママチャリに跨った親友――宇津美万吉が、白衣をはためかせながら此方に向かってくるところだった。
「おー、万ちゃん」
一はいつものように、片手をあげて挨拶し、陽気に振舞って見せた。だが、視線の先の万吉は頬を緩ませようとはせず、一の傍まで来ると、大きな呼吸を繰り返す。
「どうしたんだい、柄にもなく慌てて」
おちょくって見せるが、それでも万吉は顔を上げようとはしない。
そんな万吉の様子に、一は段々と、嫌な予感に苛まれ始めた。彼が顔を上げない理由が、単純に疲れているからのようには見えなくなってきたからだ。
「……一」
万吉は暴れ回る呼吸の中で、小さく言葉を発した。
「……千春さんが、大変なんだ」
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