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顔を伏せたまま話す万吉の話を、一は黙って聞いていた。話が終わると彼は、「そうかい」とだけ呟いた。
「……ごめん、俺、何も出来なくて……」
一の視線と衝突しないようにするので、その時の万吉は精一杯のようだった。
一は、ゆっくりと首を横に振ってから言った。
「話してくれてありがとう。それだけで十分だ」
落ち着いて話そうと、連れて来た墓の中。部屋を囲う本棚、部屋の真ん中に置かれたローテーブルに乗せられた温かなコーヒー、腰掛けたふかふかのソファ――墓石の下とは思えない程の暖かい光に包まれたこの部屋には、何度も何度も訪れている筈なのに、万吉はいつまでも落ち着きを取り戻せずにいる。
「それに、父親がいない京にとっては、拠り所がなくなっちゃうかも知れなかったんだ。助かったよ。だから……千春が戻るまでは、京の事、お願いできるかい?」
その言葉に、万吉はきょとんとして顔を上げた。視線の先には、昨日と変わらぬ表情でにこにこしている一がいる。
「戻るまで……って」
「眠りについたお姫様を目覚めさせる事が出来るのは、永遠の愛を誓う王子様だけだろ?」
彼はそういう事を、どんな状況でも平気な顔して言うような人間だ。
「何度もやって来た事さ。僕が千春の幽体を見つけて身体に戻してやれば、それで済む話だ」
意識不明等の、死んではいないが意識を取り戻すことができない人間の魂はどうやら、生前の記憶を失くした幽体となって彷徨うらしかった。一はそういった幽霊たちを、何度も介抱しては、人間の身体に戻してやっていた。
「頼んだぜ、僕のワトソン」
一のウインクに、万吉は力強く頷いた。
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