生者の行進

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 昨夜、ふと思い立って散歩に出掛けたのは、自分の妻の危機を感じた為だろうか。夫としての自覚が、この心にまだ残っていたのだろうか。  薄暗い公園のベンチに座り込んで、一人ぼんやりしていた彼女の姿を見つけた時、一は目を疑った。 「千春……?」  思わず声を掛けてしまった。彼女には自分の姿は見えないというのに、その時はそれをすっかり忘れていた。  しかし彼女は、自分の声に振り返ったのだ。  一を見つめ、暫く沈黙した後、彼女はか細い声で言った。 「……それって、私の名前ですか?」  彼女を自分の墓へ招いて、数日は同じ空間で過ごそうと、一は決めていた。  万吉がやって来る事も、想定内ではあった。自分が千春を探している間に、息子である京の事を見ていて欲しいと言えば、暫く此処へはやって来ないだろうと踏んでいた。  彼の真面目な所を、一は過信していた。だからまさか、翌日の朝に、万吉がまた自分の所へやって来るとは思いもしなかったのである。しかも、丁度千春と朝食をとっている最中に。  ドアをノックしても返事がなかった事を不審に感じたのだろうか。千春の捜索に出ていると考えはしなかったのだろうか。それを確認する為なら、彼は他人の家でも平気で入るのか。兎も角万吉は、開いたドアのその先に広がる光景に、ぽかんと間抜けに口を開いて茫然と立ち尽くしていた。 「すまないね、万ちゃん」一方の一は、平然としていた。「悪いけど、席を外してもらえるかい。話ならこの後に、うんと聞くから」  白い皿の上に散らばるスクランブルエッグをスプーンで集めているのに、一向に掬う気が起きなかった。いずればれると覚悟してはいたが、それでもあまりにも早すぎた。
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