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墓地から少し離れた、小高い丘の上で、一は再び万吉と邂逅した。そこで待っているから話そうと万吉が言ったのは、彼なりの気遣いだったのだろう。千春のいない所で話が出来る事は、一にとっても都合が良かった。
「……勘弁してくれよ、万ちゃん」
力なく微笑んでも、万吉の厳格な表情は変わらない。万吉にとって、一の弱々しい様子を見るのは心苦しい筈だった。それでも――。
「千春さんは、生前の記憶を失ってるんだろう?」
「ああ」
「だったら、夫としての一を覚えていない千春さんと一緒にいたって、意味ないじゃないか。千春さんを元の身体に戻してあげれば、もう会う事は出来なくても、一と過ごした日々をまた思い出してくれるんだぞ? それが千春さんにとっても京くんにとっても……何より、お前にとって大切な事なんじゃないのか」
「うん……」
歯切れの悪い返事だった。いつもなら、からっと笑って迷いなく言葉を放てるのに。
「……見逃してくれよ」
一は懇願するように、小さな声で言った。
その言葉に、医師としての――生きる者としての感情が、万吉の中で爆発したのだろう。
「駄目だ、一」万吉はきっぱりと、一の目を見据えて言い放つ。一は目尻を下げ、それからゆっくり目を伏せた。
「確かに、千春さんを見つけたのは一だよ。お前が見つけなきゃ、千春さんはそのまま彷徨い続けてた。でも、捜索を頼んだのは俺だぞ。……違う、最初にお前に頼ったのは、他でもない京くんだ」
困った時は、父さんを呼べ――。その言葉を、一が死んでからも、彼の息子である京は信じ続けていたのだ。
万吉が幽霊の類を見る事が出来、一の親友だという事を知っていて、京は万吉に頼んだそうだ。父さんを呼んで、と。
「千春さんを誤魔化そうとしたって、京くんを裏切る事になるんだぞ……」
ところが、万吉はそこからの言葉を紡ぐ事が出来なかった。
顔を伏せた一が、笑っていたのだ。
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