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壱
私は、どうすればよいのだろうか。
この暗い森の中で、身動きひとつ取れないでいる。
私は迷っている。打開策を練らねばならない。
このままでは此処で何も出来ずに野垂れ死ぬだけだ。
それは嫌だ。今まで築き上げてきたものが全て、水の泡になる。
私は、逃げることも死すことも、新たな活路を見出すことも出来ないでいる。
何故か。
私は静かに呼吸を整え、目を閉じた。
思い出すのは七日前の夜の出来事だ。
それは一人の来客によってもたらされた。
「夜分、失礼致します。」
玄関の戸を開けると、見慣れた男が頭を下げる。
「与一、こんな時間に何の用だ。」
私は無愛想に言い放ち、彼を部屋へ通した。与一は私の同業者、俗に言う”殺し屋”である。
夜半に活動することが多い仕事柄、今日は依頼が入っていないのだな、と推察した。
「お前も理解しているだろうが、私は忙しい。特にこの時間は何かとな。用があるなら手短に済ませてくれないか。」
私は冷たい目を向けて与一を促す。それに動じることも無く、淡々とした様子で与一は話し始めた。
「では、端的に申し上げます。あなたの暗殺を命じられました。」
私は、与一を黙って見据えた。
数秒ほどの沈黙の後、私は与一に視線を向けたまま口を開いた。
「……それで?今ここで私と殺り合うつもりで来たのか。」
私の問いに、与一は静かに頭を横に振る。
「まさか。いくら何でも俺一人ではあなたに敵いません。」
遠慮がちなその言葉に、私は少しの苛立ちから「では複数人で急襲でもする気か。」と皮肉交じりに返した。
与一は依然、落ち着いた様子で「そういうつもりもございません。」と言った。
驚くほどに、調子も表情も一定である。この男が感情を荒らげることなどあるのだろうか、と常々疑問だ。
「では何だ。何が言いたい。」
私が相変わらずの冷ややかな目で問うと、与一は真っ直ぐに私の目を見返して、
「依頼を、”無かったこと”にするつもりです。今日ここへ参りましたのは、念の為、その報告を想矢さんにもしておきたいと思った次第でございます。」
と言うと丁寧に頭を下げた。
「……ふん。好きにすればいい。全てはお前の自由だ。お前宛ての依頼なのだからな。」
私は”興味など無い”という風に、飲みかけていた茶を一気に飲み干した。
その様子を見て与一はふっ、と軽く表情を和らげた。
「ありがとうございます。また、何かありましたらご報告に参ります。」
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