Ⅱ・頭を抱える聖人

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Ⅱ・頭を抱える聖人

 ヘイロー国王城。    ここには行政区画である王城の他に、政治を支えるための機関がある。  そのうちの一つにヘイロー国教会がある。  天に座す神が発する声を巫女や神官たちが聞き賜り、受け取った言葉を存分に吟味し、導き出した《神託》を国王に告げ、神の恩寵を民に広めるのが役割である。  また、国政においては政治的な役割は限られているが無関係ではなく、主に国家にとって重要な行事において教会の力は発揮されてきた。  ヘイロー国教会が果たす主な役割は二つ。    一つ目は、新王の選別の儀を主導・補佐すること。  現ヘイロー国王が老齢や死亡等の理由で退位をする際、新たな国王に王位を任せるための国王交代の儀がヘイロー国教会主導の元行われる。  教会の2トップである教皇と大聖女が公正な立会人として王権神授の儀を通して正当なる新王を寿ぎ、その治世が祝福されたものであることを《神託》によって保証すること。  二つ目は、ヘイロー国をはじめとする、『この世界にとってどうにもならない』ときがやって来た時、異世界より、この世界と親和性が高く、危機と対等にやりあえるヒーロー召喚を行い、彼らの助けを借りて事態の収拾を図ること。                  ※※※  彼らはヘイロー国の呼び声に応える形で遣わされた【神の使い】として認識されている。    かつてはヘイロー国のみが所有する力で世界危機に立ち向かおうとしたものの、対峙する者たち……すなわち【魔王】をはじめとする異形の者たちは人の編み出した武術や魔法を一切受け付けなかった。  霧で掻き消すかの如く技や魔法を消し去り、雑魚クラスでさえ掠り傷一つつける事さえできず、人類達は一方的に子供が玩具で遊ぶが如く嬲られたという。  そんな中、当時のヘイロー国を始め、人界を支えていた者たちは決断する。  遥か神代、天より下賜されたという魔導書を使い、空の彼方から【魔王】を討伐できる【神の使い】の召喚を行う事を。     彼らは【神の使い】を「決して」人界での戦争道具として利用しない事を前提に異形共に抵抗するための力を借りる事を取り決めるや否や儀式を行い、魔女と聖女の双方の練り上げた魔力で人々の《祈り》に蓄積された『救いを求める願い』を天に届け、人界を救う救い手【神の使い】を召喚した。  召喚された彼らは人の姿をした天使……いや、普通の人間と何ら変わりのない平凡な容姿をしていたが、力こそは人界の英雄たちが持ちえないもので、異形の軍勢と戦う力を戦場にて存分に発揮していた。  そして、人の為に高潔な精神性を発揮する優しさは傷ついた者たちの心を癒していったともいう。    傷つきながらも勇敢に戦う【神の使い】達の姿を見て、人界の王たちは改めて心を打たれた。【神の使い】と持ち上げてるのにそれを鼻にかけない勇気ある者たち、すなわちヘイロー国の名の由来でもある「天使の輪(エンジェルハイロゥ)を持つ者」こと「」達の魂の輝きに。  ヒーローを遣わした天と、関係のない所から自分たちのために戦ってくれるヒーローのために、彼らは心からの感謝を末代まで忘れないようにと根気強く伝えていくことを使命とした。                ※※※    ――そして、今に至るまでに幾つもの世界的危機が世界を脅かして来る事は多々ございましたが、その都度召喚されてくるヒーロー様達は事態の解決に向けて精力的に動いていたそうです。  しかし、今代の世界的危機は今までと違っておりました。  月という、人の手の届かない天の領域から訳の分からない【ナニカ】が浸食の魔手を伸ばし、未知の尖兵をヘイロー国をはじめとする人界の各国へと送りつけた事と、それに対応するはずのヒーロー様達がこれでもかというくらいに痛めつけられ、捻くれて人間不信になってしまっていた事でございます……!  前者ならまだわかります。  今までの世界的危機の中でも、食料が反旗を翻したり、今まで普通に使えていた言語が訳の分からない未知のものへを置き換わっていたりという、一見トンチキなように見えて、かなり深刻な被害を出したモノに遭遇した事がございました。もちろん、犯人は当時のヒーロー様達が討伐しましたとも、ええ。    しかし、後者は分かりません。全く意味を理解したくございません。    本来自分達の力が到底届かない相手と対峙するヒーロー様達を人の姿をした兵器として酷使しただけでなく、『意志ある人間』としての深いつながりを保つ努力をも放棄。  さらに、召喚先での生活を保証せずに奴隷として擦り切れるまで酷使されてきたと思しき痕跡が心だけでなく体にも手酷く刻み付けられておりました……!  ですが、わたくしではヒーロー様達の心に寄り添うどころか、あの方たちとまともに会話をする事さえままなりません。  どうやら、わたくしと同じ聖女……大変不愉快なので【聖女もどき】といたします……が一人のヒーロー様に取り入り、他のヒーロー様との仲を引き裂こうと様々な工作をしたらしく、そのトラウマで「聖女と名の付くモノが魔王よりもとても恐ろしくて、会話どころか直視したくない」とのことなのです……!  その【聖女もどき】が一体何をしたかは存じ上げませんが、わたくしの地位と在り様を存分に貶めてくれたようで、本当に頭が痛くてかないません。  誰か、わたくしの代わりにあの方たちと損得一切無しでの誼を紡いで下さる方はいらっしゃらないでしょうか。  ……それはそうと、なぜ、わたくしの前からそれとなく退出されようとなさっているのでしょうか?    そうだ、貴方ならばヒーロー様とも面識は無いですし、誼を結ぶには丁度良い立ち位置に在れるのでは無いのでしょうか?  ふむふむ、兵卒年鑑によると、年は若くて地位も一兵卒、性格も温厚と……。  いけます、これならいけますよ!  「え、何がです?」って?    勿論、ヒーロー様の話し相手ですよ!  召喚されたヒーロー様達は貴方と年も近く、話題も年相応のものを好む様子でしたし、若者にほど近く、身分も一般人に近い位置に在る貴方ならば、あの方達ともうまくやって行けるでしょう。  もちろん、直ぐに和解にまで漕ぎつけられるとは考えては居りませんが、貴方ならば警戒されても徐々に心を許して行ってくれると思いますよ。  拒否権は……勿論ございませんよ?  古来より国難から背を向けた者への対応は『一つ』でございます故。  もちろん、『接触に失敗したから反逆罪を背負って処刑される』という顛末は用意致しませぬ故、ご安心下さいな。  ――我らがヘイロー国に仕えし「兵士」さん?
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