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「幸運を呼べ!壺おぉぉぉぉぉ!」
学校の帰り道、友人が宿題を忘れて居残りになったことで、一人で下校することになった俺は気まぐれにいつもとは違う道を通り中年の女性に遭遇した。女性は長い髪を掻き乱し、壺の前で蹲っている。
車通りの少ない住宅街の路地を塞ぐようにしているその女性に俺は驚き、落ち着こうとし、道の端に寄って通り過ぎようと考えてーーーー
目があった。
「ね、ねぇ、こ、これ、この壺はね、隕石から抽出した宇宙のエネルギーがたくさん含まれていてね、これを持っていると幸運が集まってくるの。だ、だから君もよかったら少し体験してみない?」
女性が言葉を詰まらせながら話しかけてくる。
俺は己の不幸を呪った。
「いや遠慮しておきます」
「そ、そんなこと言わないで、ね?君、名前は?」
「えっ………木下健太です」
あまりにおかしな距離の詰め方に驚き、咄嗟に出たのは宿題を忘れた友人の名前だった。
「健太くん、いい名前ね」
「どうも」
名前を褒められても喜びの感情も、誇らしさも、罪悪感すらも感じなかった。これっぽっちも感じなかった。
「健太くん、本当に少しだけでいいから体験してみない?それでも十分この壺の素晴らしさがわかると思うから」
「いや、そもそも体験って何ですか?」
「壺のそばにいるだけでいいの、そうすれば宇宙のエネルギーが得られるはずだから」
「この壺のどこに宇宙の要素があるんですか?」
俺が1番きな臭いと思ってるところに触れてみた。
「この壺はね、小さな隕石を中に入れて密閉空間に長い間置かれていたの。そうして隕石の中にある宇宙のエネルギーを壺に吸収させたの。だから、この壺もその隕石みたいに周りに宇宙のエネルギーを分けることができるの」
「さっきからその宇宙のエネルギーって何なんですか?聞いたことないんですけど」
燻製かよ、と言うツッコミをぐっと堪えた結果、話し始めた時から胸の内にあった懐疑心が顔を出して、俺は立て続けに質問をした。
「そもそも、その壺いくらしたんですか?」
「…………50万円」
「そんなに!?………そんだけあったら、もっと良い使い方があったんじゃないんですか?」
そう言うと女性は俯き、小さな声で何かを呟いた。
「え?なんて言いました?」
「うるさい!!」
急な大声に鼓膜が痛むのを感じる。
「今までいろんなことに頑張った!勉強を真面目に頑張った!言いたくもない悪口に付き合った!失敗の責任を押し付けられても許して気遣ってあげたりもした!なのに全然上手くいかない!何もかも!!」
宇宙のエネルギーでなんとかするには吐露した内容が生々しすぎると思った。
「それでも現実から目を背けちゃダメです」
俺は目を合わせて言葉が伝わるようにゆっくりと言った。
「壺なんて買っても幸福はやって来ません。宇宙のエネルギーなんてありません。だから、待つんじゃなくて自分から幸福を掴みに行くしかないんだと俺は思います」
女性は俺の言葉を反芻する様にゆっくりと目を閉じて、開いた。
「気を遣ってくれてありがとうねでも」
女性は続けて言った。
「あなたって普通のことしか言わなくて、本当につまらないわね」
耳を疑った。俺の言葉は一切伝わってなかった。
「信じない人は幸せになれないわよ」
女性はそう言い残し壺を抱えて俺の来た道へ進んでいった。
それからぼーっとしながら歩いていると、道路の脇に空き缶が落ちていた。
俺はそれを思いっきり蹴飛ばした。
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