プロローグ

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 真下side  真下は何もかも承知の上で一条と恋人同士になったのだ。だから今の自分の置かれた現状も当然と言えば当然だ。  一条はモテるということも、男同士なのだから恋人という関係をおおっぴらにできないということも初めからわかっていた。  真下としては、人気者の一条と友達でいられるだけで誇らしかった。同じゼミを履修することになり、一条と話すチャンスが出来て嬉しかった。  見た目がいいからって一条はそれを鼻にかけることもないし、気取ったところはなかった。むしろ誰にも気さくに話しかけるようなタイプで、ノリもいいし、いつも明るく笑顔。  一条のそんなところに、真下は惹かれたのかもしれない。  気がついたら一条に魅了されていた。四六時中、一条のことを考えるようになり、一条に会えるゼミの日が楽しみで仕方なくなった。  ◆  12月下旬の話。一人暮らしをしている一条の部屋でゼミ仲間数人とクリスマスパーティーを開いた日のことだ。パーティーは大いに盛り上がり、楽しく余韻を残したまま解散。その後、一条ひとりに片付けを押し付けるのも悪いと残って一条と二人で後片付けをしていた時のことだった。 「一条って本当モテるよな」  今日も凄かった。ゼミの女の子達が一条に気に入られようと一条にモーションかけてるのがバレバレだった。 「俺はモテて嬉しくないなんてことはないよ。でも逆に嫌われないように誰にでもいい顔するのはすごく疲れる」  一条は誰にでも愛想がいい。その場の空気を明るくしようと努めるからこその言動なのかもしれないが、八方美人は疲れそうだ。 「そっか。一条も大変なんだな」  人気者にも陰のたゆまぬ努力があるのかもしれないと思った。 「あー! 癒されてぇ!」  片付けをしながら、デカい独り言を言う一条。その姿が可笑しくてつい笑ってしまう。 「俺には癒しが足んないの。真下。俺を癒してよ」  一条は急に背後から真下に抱きついてきた。こうやってふざけ半分に一条に抱きつかれるのは初めてではないが、その時はなぜかすごく胸が高鳴った。  一条は今日はあんまり飲んでない様子だったのに、実は結構酔っ払ってるのか……? 「バカ。俺にお前をどうやって癒やせっつーんだよ」  絡まれても困る。密かな恋心が疼いてしまうから。 「真下、今日うちに泊まっていかない?」  抱き締められながら、耳元でそんなことを言われ、一瞬、誘われてるかと思ってしまった。でもそんなことあるわけがないとすぐに思い直す。 「真下。キスしていい?」  口ではそう言うけれど、真下の返事を待たずに、一条は真下の頬にキスをした。そしてそのままさらに先を求めるように真下の唇に迫ってくる。  嘘だろ、こんなことあるわけがない。  頭が真っ白になった。  今度は前から抱き締められ、そのまま抵抗出来ずに一条との唇同士のキスを受け入れてしまった。 「おい、一条っ! 待てよ、俺は男だし、お前の恋人でもなんでもないからっ!」  そう叫んでみるが、真下の本心は言葉とは裏腹に一条に迫られて悦んでいる。 「じゃあ、俺の恋人になって。俺はお前が欲しくてたまらないんだよ」  その場に押し倒される! やばいやばいと頭はわかっているのに、結局、真下は迫ってくる一条と自分の本当の気持ちに抗えなかった。  ◆  それからは一条と密かな恋人同士になった。二人の交際を知るのは二人だけ。だから一条は普段はいつもの誰かれ構わず愛想のいい雰囲気のままだ。  少し妬けるが仕方がない。ゼミの雰囲気を良くするために、無理してでも八方美人を演じているのだろうと思っていた。  真下からLINEを送っても返事は基本的に遅い。『今日の夜会えないか』と送っても既読スルー。そのまま次の日の朝『ごめん返信忘れてた』と返ってくる。  学業にバイトに人付き合い。一条も色々忙しいのだろうと思っていた。  せっかく二人で映画を見に行く約束をしたのに、待ち合わせの場所で待っていてもいつまで経っても現れない。連絡しても反応もなし。寒いので近くのスタバで時間潰しして待って、それでも来ないので結局、家に帰った。  次のゼミの時に一条に会ったので、一条を二人きり話せる場所に呼び出して「なんで来なかったんだ」と問い詰めたら「ごめん! 急なバイトが入って家を飛び出してったから、スマホも家に忘れたままでお前に連絡できなかったんだよ。この埋め合わせは必ずするから」と言ってきた。 「今度やったら許さない」と文句を言ったら「もうしないから」と真下の抗議を遮るようにキスをしてきた。  大学内でキスするなんて誰かに見られたらどうするんだと思い、周りを見渡したが幸い誰もいなかった。  その場はつい許してしまったが、家に帰って一条のインスタを見たら、あの待ち合わせをした日付に女の子3人と明治神宮に出かけたという投稿があった。  急なバイトなんて嘘だったのだろう。こんなすぐにバレる嘘なんてつかずに、いっそ約束を忘れていたと言ってくれたほうが何倍もいい。嘘をつかれた事実の方に、より心を抉られた。  ある日の夜。なんとなく寂しい気持ちになって、『今から会いに行っていい?』と一条にLINEをしてみた。すると『俺、今風邪で寝てるから会えない』と珍しく返信が来たので『差し入れ持ってくよ』とLINEをして一条の家に向かった。  一条の家に着き、インターフォンを鳴らす。  ガチャリとドアが開き、具合の悪そうな一条が出てきた。額にはうっすら汗が滲んでいる。きっと熱があるのだろう。 「一条、大丈夫か?」  差し入れを持っていくというのは一条の家を訪ねて看病をするための大義名分だ。このまま一条の家に上がり込んで世話をしてやろうというつもりでいた。  なのに。 「差し入れありがとう」  一条は玄関先で品物を受け取って、「またな」とドアを閉めた。  まぁ、病気の時に誰かそばに居られるのが嫌だという事もあるなと思い、余計なお節介はやめようと踵を返した時だった。  マンションの廊下でひとりの女とすれ違う。とても美人な女だった。  なぜか胸騒ぎがして、なんとなく女の行方を目で追っていると、女は一条の部屋のインターフォンを押した。  まさかと思い、つい陰から女の様子を伺ってしまった。一条の部屋のドアが開き、女は迎えに出た一条に抱きついた。そしてそのまま二人は部屋に入っていく。  どういう事だと、理解が追いつかない。さっきの女と、一条は一体どんな関係なんだ……?  真下は部屋に入れなかったくせに、なんであの女は招き入れるんだ……?  恋人がいながら、女を部屋に呼んで二人きりだなんて、もしかして、浮気か?!  いや待てよ。  真下は部屋に入れてもらえなかった。ということは、あっちが本命で、浮気相手は真下、ということになるのだろうか。    ——俺は一条にとってなんなんだろう。本当に恋人なのかな……。    恋人ってこんなに曖昧な関係なのだろうか。  もっとお互いを想い合って、一緒にいるだけで楽しくて、会えないと会いたくなって、そんなものだとばかり思っていた。  それなのに一条と真下の関係はそのようなものではない。一条からの愛情をまるで感じられない。  恋人に、もっと愛されたいと思うのは我儘なことなのだろうか。  ——俺が悪いのかな……。  気がつかないうちに何か一条の気に触るようなことをしてしまったのだろうか。それで、すっかり愛想を尽かされてしまったのだろうか。  ◆◆◆  一条の恋人になってから、一ヶ月が過ぎた。その間、真下の誘いはことごとく断られるし、連絡はほぼスルーされる。さらには二股疑惑。  もう心が限界だった。  どうすればいいのかわからずに、誰かに相談したいと考えるようになった。でもそのためには男の恋人がいることを打ち明けなければならない。  そんな話を受け入れてくれる奴はと考えて最初に思い浮かんだのは塔矢だった。  塔矢とは演劇部で知り合った。今は二人とも部を辞めてしまっているが、二年生までは一緒に活動していた。  塔矢はすごい。俳優になるべくオーディションを受け続け、努力と諦めない心でつい先日、主演の座を勝ち取ったのだ。今はその映画の撮影に勤しんでおり、正直学業は疎かになっている様子だが本人は充実した毎日を過ごしているだろう。  今はまだ無名でも、もしかしたら塔矢は近いうちに芸能界で活躍するような俳優になるかもしれない。整った顔に、かなりの長身。アクションもこなせるだけの身体能力。語学も堪能。元からそれだけのポテンシャルは持ち合わせている奴だ。  大学に通ってはいるものの、撮影のため塔矢が来る日はめっきり減っており、大学で会えるのはいつになるかわからない。そのため久しぶりに塔矢に『会えないか』とLINEを送った。すると塔矢からすぐに電話がかかってきた。 『もしもし? 真下、何かあったのか?』  電話の向こう側でガヤガヤと声が聞こえる。塔矢は居酒屋のような賑やかな場所にいるようだ。 「ごめん、突然連絡して……」 『いいよ。……もしかして元気ない? 俺に用があるの? 今すぐお前んちに行こうか?』  突然、変に連絡したから鋭い塔矢は真下の異変に気がついたみたいだ。思い出した。昔から塔矢は友情に熱い男だった。少しお節介で、困っている人がいるとすぐに声をかけるようなタイプ。 「そんな急でなくても大丈夫だよ」 『俺、いつでも行ける。いつがいい? 今日? 明日?』  いつでもなんて冗談だろ。塔矢は今、初めての主演映画の撮影で時間なんてないはずだ。 「お前の暇な時でいいから……」 『じゃあ今すぐ行ってもいいか?』  電話の背後で『塔矢くんどうしたのー? まさか主演が帰っちゃうの?!』という声。それに対して塔矢は『すいません。俺、大事な用ができたんで帰ります』と誰かに答えている。 『あと二十分くらいでお前のとこに着くから、待ってろ』  塔矢の電話はその言葉を最後に切れた。  まさか今すぐ来るとは思わなかったが、正直ありがたい。苦しくて、この胸の内をすぐにでも打ち明けたかったから。  やがて本当に塔矢は真下のアパートを訪ねてきた。  そこで、塔矢に一条の話をする。  塔矢。俺、恋人が出来たんだ——。
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