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ハッピーエンドの裏側で
塔矢side
塔矢は、一条と真下の二人の様子を伺える場所を見つけて静かに状況を見守っていた。
二人はなんだかいい雰囲気だ。遠すぎて二人の会話は聞こえないが、きっとお互い「ごめん」だの「ありがとう」だのと優しい言葉を掛け合っていることだろう。
一条が、真下に優しく両腕を伸ばした。そしてそっと真下を抱き締める——。
そのシーンに塔矢は息を呑んだ。
こうなることはわかっていたし、塔矢自身も望んだ結末なのに、胸がズキンと痛くて見ていられなくなり、目を背けてその場にしゃがみ込む。
——真下。良かったな。ずっと一条に抱き締められたくて泣いてたんだろ。
塔矢の目論みは大成功だ。
一条を嫉妬させ、真下を欲しがらせる。
一条の浮気を皆に全部バレるように仕向けて、一条をおとしめるとともに、浮気の制裁を受けさせる。
真下が見ているところで、落ち込んでる一条に可哀想なくらいに散々追い打ちをかける。
真下は優しいから「やめろ」と一条を庇う。そんな真下の優しさに一条は惚れ直す。
全てはシナリオ通り。
一条×真下のハッピーエンド。
——俺は完璧に演じきれたかな。
塔矢は自分の演技を振り返る。きっと大丈夫だ。立派に一条を怒らせることができたし、巧妙に真下への想いは隠し通せたはずだ。
——俺も一度でいいから、真下を抱き締めたかったな……。
ずっとずっと好きだった。真下に会いに大学に行ってたようなものだ。真下がいなかったらとっくに退学して、演技の道一本に絞っていたんじゃないかと思う。
真下に出会えて良かった。真下のことを好きになって良かった。
今回のオーディションに受かったのも真下のお陰だ。真下を好きになって感情の表現が上手く出来るようになった。
愛の告白をするシーンも真下のことを頭に思い浮かべるといくらでも感情をたかぶらせることができる。自分でもコントロールできないくらいの強い感情で愛をぶつけることができる。
切ないシーンも、真下に会えない、真下に想いが届かないと思って演じると監督から「リアル過ぎてこっちまで泣けてきちゃうよ」とお褒めの言葉を貰える。
十秒で泣けと言われても簡単に涙を流せる。真下を失ったことを想像するだけで、真下のいない世界で生きていけるわけがないと勝手に涙が溢れてくる。
これからは怒りも演じられるようになったかもしれない。相手を一条だと思えばいくらでも怒りの感情が湧いてくるだろう。
——俺の念願も叶ったし。
真下と二人で映画を観に行きたいと思っていた。それが叶ったのは、最高のご褒美だ。
本当は映画を観ながら隣に座る真下の手に触れたかったけど、それはダメだ。真下は一条の恋人で、一条が好きなんだとわかっていたから。
——真下。幸せになれよ。
真下は塔矢にたくさんの幸せをくれた。感謝してもしきれないくらいの幸せだ。だから真下にも幸せになってもらいたいと心から願っている。
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