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僕らピーターパン症候群
僕には、この広い世界に一人だけ、たった一人だけ幼なじみがいる。
僕らは、幼い頃見たピーターパンみたいに、夢だけを見つめて、夢だけを追いかけて。
それでよかったし。それが居心地良かったんだ。
あれはまだ僕らが15才の頃。僕らの家はご近所だった。僕が住んでいるマンションの5階の部屋の窓から顔を出すと、斜め向かいの200メートル先のマンションに住む彼女も11階のバルコニーから顔を出す。
お互い手に握りしめてるのはトランシーバー。
だって、まだポケベルも携帯もSNSもLINEも TikTokもなくって。YouTuberだって勿論いなかった。
彼女の姿を確認して電源を入れる。
ジーーーーーッ、ジジ、ジーーーーッ。
聞こえる?
ジーー、ジジジッ。
聞こえないかな?
ジジッ、ジーーーーッ。
今、何か言った?
いつもそうだ。僕の声は届くのに、彼女の声は届かない。届かないんじゃないな、届けてくれないだ。ぽんこつトランシーバーめ。
彼女を見たら、白い紙を持って指差ししてる。慌てて、父さんの望遠鏡を片手に目を凝らす。
『○』
太い黒のマジックで大きく白い紙いっぱいに書いてある。
ーーーー僕は、トランシーバーを握りしめて、大きな声で叫んだ!!
『大好き!!ずっと一緒!!』
犬を散歩中の見知らぬおばさんが、驚いて上を見上げるのも気づいていたし、うちの母さんのお友達の、なんとかさんって人が、どうしたの?と真下から声を掛けてきたのも気づいてた。
僕は知らんぷりした。オレンジ色の夕陽が僕の紅くなったほっぺたを、隠してくれる様に優しく照らす。
父さんの仕事場の隅に転がってた、安そうなワケのわからないメーカーのトランシーバーは、ちゃんと僕の言葉を音に換えて、風にのせて、光の速度で彼女に伝えてくれただろうか。
ーーーー彼女が俯いた。そして再び、白い紙が掲げられる。
『△』
嘘だろ!思わず声が出た。
何だ?三角って?可でも不可でもってことか?
ジーッ、ジジッ、……くよ。
え?何て?
かろうじて、聞こえてきたのは彼女の言葉。
ーーーー『書くよ』
ああ、なるほどね。
だから『△』なんだ。……生真面目な彼女らしい答え。
今までみたいに隣に居ることが当たり前で、何でもないことで馬鹿みたいに笑って、オレンジ色の夕陽を見送って、小さな一番星を藍の空に見つけてから帰っていた僕たちは、
いままでの『ずっと一緒』ではなくなっちゃう。
触れ合える距離は一緒ではないけれど、でも心の距離は一緒だよ。
だから、三角『△』
ーーーー君らしい。
僕は明日、この街を飛び出すから。
ピーターパンみたいに、小さな生まれ育ったこの街から、夜のうちに、星の輝きに混じって、月の光のもと、ダンスを踊りながら。
だれもまだ見たことないネバーランドに向かって……。
ーーーー僕も書くよ。
勿論、ただ想いを言葉にのせて、チグハグで書き散らしただけの、落書きみたいなラブレターかもしれないけれど。
それでも君のために、君だけの為に書きたいんだ。
でも……それでもさ、どうしても淋しくなったら窓を開けてよ。
ーーーー会いにいくから。
僕は遠い街から、君の声が聞こえないトランシーバー片手に、いつも君にメッセージを送り続けるからさ。
そしていつか、ピーターパンみたいに、君を窓から連れ出してあげる。
手と手を取り合って、ただ綺麗なものだけを探しに、僕と旅にでよう。
ジーーーーーッ。ジジジーッ。ジジッ。
『だいすき』
ーーーー聞こえたかな?
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