ロクサーヌと名探偵

4/5
前へ
/5ページ
次へ
 ***  さて、ここで問題である。  言うまでもなく、この部屋が密室であったということ。  殺人そのものは難しくないだろう。彼の体からはアルコールの匂いが強かった。泥酔してソファーで寝ていたところでも襲われたのだと思われる。女子供でも殺人は可能だったのではなかろうか。  問題は、ドアの鍵がかかっていたこと。それは俺自らが確認している。俺はすぐ様現場の部屋を調べ尽くしたが窓はそもそも嵌め殺しで子供も通れないような仕組みになっていた。また、当然のように秘密の地下通路、のような場所もない。  人が隠れられそうな場所、机の裏だの棚の裏だの冷蔵庫の影だの、というのはたくさんあったものの、どれもこれも誰かが潜んでいるという様子はなかった。探索しながら、刑事である神楽坂(さすがに彼は犯人でないと思っていいだろう)に出口を見張らせていたが、俺が探している隙に部屋から人が出て行ったなんてこともないという。  つまり、これは完璧な密室殺人だということだ。  ついでに言うなら、大吉の死体は見つかってすぐ俺が検分しているため、密室が解かれてから殺されました、なんてオチがないこともはっきりと断言しておく(さらに言えば、死体に最初に駆け寄ったのは俺である)。 「ねえ、お父さん、殺されたの?」  さすがにこうも大騒ぎしていては、一人部屋で寝ていたであろう瑠璃も起きてこざるをえなかったのだろう。いつの間にか母親の後ろにくっついて来ていた彼女は俺のシャツの裾を引っ張りながらそう尋ねてきた。  胡散臭そうな大人達と違って、純粋無垢っぽい少女と話すのは嫌いではない。瑠璃が、大人になったら眼が覚めるような美人になるであろう、可愛らしい少女だったから尚更に。 「……ごめんね、お父さんが殺されるかもしれないと思ってたのに、助けられなくて」  俺は素直に、しゃがみこんで彼女に謝った。 「でも、必ず俺が、犯人を見つけるよ。名探偵の、俺にしかできないことだからね」 「ほんと?」 「うん、ほんと。約束するよ」  そう言いながらも、俺は内心心を痛めていたのだった。  犯人としてあり得そうな人物が、ほぼ一人しか思い至らなかったがゆえに。 「やっぱり、奥さんなんでしょうか」  いつの間にか俺のワトソン気取りになっている和歌子が、そそそ、と近づいてきて言った。何でも、前々からニュースなどで見て俺に憧れていたらしい。 「まあ、動機がある人、他にはいないですもんね。仲間をやめさせられた使用人の人にも恨まれてるかもしれませんけど、人を殺すほどかどうかは……」 「そうなんだよな。……お母さんが犯人かもなんて、瑠璃ちゃんには言えないよ」  謎を解くのは大好きだ。ただ妻が犯人というだけなら、自分もここまで思い悩むことはなかったのに。流石に、小さな子供を傷つけるほど性根が腐っているつもりはないのである。  だが実際問題、密室を彼女はどうやって構築したのだろう。  明らかに旦那は、至近距離から刺殺されていた(クッションを挟んだのは、返り血が飛ばないようにするためだろう。綺麗な刺し方だったし、何度も訓練したのかもしれない)。部屋の中で自動で人間を殺す仕掛け、なんてのも見つかっていない。  鍵は、メイドの鞠枝が持ってきたマスターキー以外は、部屋の金庫に入れっぱなしになっていた大吉本人の鍵だけ。鍵を持ち出した人間が、密室が開いた後でこっそりと部屋の中に鍵を落として密室に見せかけた、なんて可能性は万に一つもないだろう。 ――まさか、自殺?……いやいやいや、クッション使って刺殺されてる人間が自殺って無理あるだろ。  いや、落ち着け、と俺は言い聞かせる。  この事件の謎を解けるのは、名探偵である俺だけだ。俺にしかできないことなのだ。ここで放り投げては、名探偵・沢見蓮司の称号が廃るというものである。 「ん、お前シャツに何くっつけてるんだ?」  その時。俺の服を見て、神楽坂が指摘した。 「え?」  俺は気づく。皺になったシャツに、青いキラキラとしたものが付着していることに。 ――あれ、これって……。  そして。  俺はわかってしまったのだった、今回の事件の真相に。密室トリックの正体に。  読者諸兄はお分かりだろうか。  ヒントは全て、出揃っている。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加