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1♡Day
あぁ、困った。これからどうすればいいんだ。
公園のベンチに座っていた犬飼海斗は、キレイな星空を眺めながら白い息をほうっと吐き出した。
この寒空の下、明日の朝に凍死とかでネットニュースになってたりして……はは、笑えないわ。
そもそも兄貴が『遠距離中の彼女が来るから、しばらく帰ってくるな』って、同居していた部屋から俺を追い出したのが悪いんだ。
とりあえず友達の家を渡り歩いたけど、どこも一泊以上は泊めてくれなかった。
給料日まであと四日、財布にはなけなしのニ千円。ホテルなんて無理だし、ネカフェに行ったとしても三日はもたない。
「俺もう死ぬかも……」
寒さに体を震わせた時だった。
「あれっ、犬飼さんじゃないですか」
自分の名前を呼ぶ女性の声がして、海斗は慌てて顔を上げた。暗がりの中、紺色のコートにムートンブーツ、手にはエコバッグを二つぶら下ている姿が目に入る。女性が一歩前に出て街頭の下に立つと、ようやくそれが誰なのかはっきりした。
「木乃香ちゃんだ。こんな遅くまで仕事?」
木乃香は笑いながら首を横に振った。彼女は海斗が勤務する洋菓子店の常連客で、すぐそばにある呉服屋の店員だった。そのためいつも着物姿だったので、洋服を着ている木乃香はどこか新鮮だった。
「いえいえ。ちょっとした買い物です。犬飼さんこそ、まだ帰らないんですか?」
「あはは……帰る場所がなくて困ってるんだよねぇ」
その時海斗の頭にある考えが浮かぶ。木乃香ちゃん、今は実家を出て一人暮らしをしてるって言ってた。来店するたびにお喋りが弾んでいるし、俺はかなり仲良しだと思っている。よし、一か八かだ。
「ねぇ木乃香ちゃん、お願いがあるんだけど」
「はい、何でしょう?」
「三日だけでいいから泊めてくれないかな?」
「えっ、嫌です」
「えっ⁈ ダメ⁈」
「はい、ダメです。どうして他人の男性を泊めなきゃいけないんですか? 意味がわかりません」
木乃香は顔色を全く変えずに話し続ける。そりゃそうだ。彼女の言っていることは正論。
冷たい視線が突き刺さり、海斗の心はさらに冷え切っていく。
「じゃあ私は帰ります。さようなら」
「ちょっ、待って!」
海斗は慌てて立ち上がると、木乃香の前に立ちはだかる。そして両手を合わせて懇願した。
「木乃香ちゃん! お願いだ! もう木乃香ちゃんにしか頼めないんだよ。兄貴に家を追い出されて、友達にも断られちゃったし……」
「仲の良い女性の方がたくさんいらっしゃるじゃないですか。あっ、もしかして断られたお友達って女性ですか?」
図星とばかりに海斗は顔を逸らして黙り込んだ。
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