73人が本棚に入れています
本棚に追加
* * * *
大学を出てこの洋菓子店に就職して二年。少しずつ任せてもらえることも増えてきた。とはいえまだ見習い。覚えることはたくさんあるし、店番も兼任していた。
次々とやってくる女性客に笑顔を振りまきながら、注文を受けたケーキを箱に詰めていく。
いつも以上に列ができているのを見て、厨房から店長が出て来た途端、女性客がざわつく。
細マッチョという言葉がピッタリの店長は、ワイルドな風貌からは想像もつかないほどの繊細な味のケーキを作る。中にはケーキではなく、店長目当ての女性客も多く来店していた。
海斗がふと顔を上げると、列に並んでいる木乃香の姿が目に入った。いつもと同じように着物を着て、耳の上あたりにつまみ細工で作った簪をさしていた。
昨夜のことを思い出して思わず目を奪われたが、彼女が頬を染め、熱っぽい目で店長を見つめていることに気付く。
海斗は急に胸の痛みを感じた。
もしかして木乃香ちゃんがお店によく来るのって、店長目当てだった……?
なかぬか自分の方を見てくれない木乃香に苛立ちを感じ、泣きそうになるのをグッと堪えてはっとする。
おい、ちょっと待て。まさか俺、店長に妬いてる⁈
* * * *
帰りは木乃香の方が早かったようで、呉服屋は真っ暗だった。
木乃香の部屋に行くものの、心は落ち込んだまま。昼間のことを思い出せば悲しくなる。別に付き合ってるわけじゃないのに……この気持ちの正体がわからず、海斗はモヤモヤしていた。
呼び鈴を押そうとした途端、ドアが突然開き、中から木乃香が笑顔で出迎えてくれる。
「おかえりなさい。窓から帰ってくるのが見えたから先に開けちゃった」
朝と変わらない態度に、海斗は喜びと安心感に包まれる。
「夕飯……作っちゃった?」
「うん、簡単にだけど」
「そっか……ごめん」
海斗の元気のない様子に気付いたのか、木乃香は首を傾げた。とりあえず彼を家の中へ招き入れる。
「何かあったの? 元気ないね」
すると海斗は居ても立っても居られなくなって、木乃香のことを抱きしめた。木乃香は驚いたように目を瞬く。
「犬飼さん?」
「……木乃香ちゃんって、店長が好きなの?」
「……はい?」
「今日お店に来た時、ずっと店長を見てたじゃないか。あれって好きだから……」
「いやいや、なんの話ですか。言ってる意味がわからないんですけど」
「だ、だから、木乃香ちゃんは店長を狙って店に来てたんじゃないの? だから今日だって赤くなって……」
海斗が言うと、木乃香は恥ずかしそうに両手で顔を押さえる。
「えっ、赤くなってました⁈ やだ、恥ずかしい……!」
「ほら、やっぱり……」
「っていうか、なんでそんなこと聞くのかわからないんですけど。赤いと変とか?」
「それは……!」
言いかけて、海斗は言葉に詰まった。それから青ざめる。俺は今何を言おうとしたんだ?
最初のコメントを投稿しよう!