闇の剣士 剣弥兵衛 魔王殲滅(七)

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 そこで一同が尾根を登り始めているが、闇の剣士として修行を重ねた者であり忍びの技にも劣らない静けさを保っている。途中で源四郎が倒した一人の者を見たが、気配も乱さず上を目指していた。後方には暗黒に静まる琵琶湖の湖面が広がり、所々には港であろうか灯台の明かりが灯っている。そんな光景に押される様に尾根へ登っていた。そこには長浜城普請の折りに館や屋敷が解体されて持ち出されたのか、それに城壁も破壊されており、広がった平地には篝火が点々と燃えていた。そんな篝火へ、今まさに糠を焼べようとしている者どもを見た。源四郎と太平が前に出ると、十字手裏剣と矢を次々に飛ばした。北斗の陣の先端に当る四つの篝火の、周りにいた数人の者が倒れた。それを見て、刀を抜く者に、棒手裏剣を手にする者、更には傷ついた所を押さえ逃れ様とする者も見られた。他の闇の剣士が走り出すのを見た弥兵衛と毘沙は、北辰の位置にいる大柄な男の前に立った。 「お前らは、何者だ」  少し高い所に立っている大柄な男が、見下す様にして銅鑼声を上げた。 「闇の剣士、剣弥兵衛推参」 「同じく、毘沙」  闇星と星雲の剣をそれぞれが構え、名乗りを上げると、直ぐに体を横へ動かした。大柄な男の両脇にいた二人が前に出て、棒手裏剣を投じたのである。それが逸れたのを見ると、二人が刀を抜き様に斬り掛かって来た。弥兵衛は、その刃を闇星の剣で打つと、刃が切断され男が後退っている。そんな男を袈裟懸けに切り下げると、毘沙を見た。その時には既に、毘沙へ斬り掛かった男が腹から血を吹いて転がっていた。 「魔王と呼ばれる男よ。もうここでお仕舞いにしてもらおうか」  弥兵衛は、唸る様な声で呼び掛けた。 「何を言うのか。現世の悪政を断ち切るのは我らの本望であって、お前らに邪魔立てされる筋合いは無い」 「そんな邪悪な本望のために、死に至らされる民人のことは考えないのか」 「馬鹿な。悪政に苦しむ者を助けるには、致し方の無いことじゃ」 「民人の死と取り替えられる政など、正当なものとは考えられぬ。ましてや、今は戦国の世が改まり、戦の無い世ぞ」 「それは、お前の勝手な考えで、我らには我らの考えがあるのよ」  魔王が反り返っている。後方では、他の五人の闇の剣士の戦いが続いているのか、男達の喧噪が響いている。 「民人の死をお構いなしにする様な考えなぞ、到底許すことは出来ぬ。しかも、幼子まで死に追いやるとは、問答無用じゃ」  ここまで見てきた光景ゆえの言葉であろう毘沙が、厳しく魔王を問い詰めていた。 「問答無用となれば、お前らも覚悟してもらわねばならん」  こう言うと魔王が、錫杖で一度、地を突き、そこを起点として体を一回りさすと、分身が五人、前に出で立っていた。これは不味いと弥兵衛は毘沙を下がらせ、その場で渦を巻く様に回転を始めた。何事が始まったのかと五人の分身が弥兵衛を囲んだ時、渦の中から闇星の剣が差し出され、瞬く間に五人の分身が倒れていた。 「おーっ、見事な風神の秘技じゃ」  毘沙が、感嘆の声を上げていた。 「お前らは、現世の者か」 「現世の闇に潜む悪行を正す者だ」  魔王の怒った声に、弥兵衛は冷静に答えていた。その後ろには、北斗の陣で戦っていた闇の剣士が、一人、二人とやって来ている。そんな状況を見据えていた魔王が、錫杖を掲げると天空を見上げた。 「此度は、お前らの所為で悪政を改めることを中断する。なれど、またの折りに相対することになろう」 「この偽善者が、何を言う。今ここで滅せよ」  後ろから九十郎の鋭い声が飛んだ。  すると刹那、九十郎に目を向けた後に、魔王が声を荒げて言った。 「我が滅すれば、この世ももろともぞ」  高笑いをした魔王が、もう片方の手も上げ両手で錫杖を掴むと、何やら呪文を唱え始めた。間もなく晴天の夜空から雨の様な物が降り始めて来た。 「これはいかん。天魔じゃ」  毘沙が夜空を見て叫ぶと、弥兵衛に顔を向けた。 「旋風を起こす風神を」 「皆さん、離れて下さい」  他の闇の剣士が離れたのを見ると、弥兵衛は回転を始めた。同時に、その横では 毘沙も回転を始めており、独楽の如く回る二つの渦が出来ている。その渦から薙ぐので無く団扇の如く立てて剣が出されると、たちまち周りの空気を取り込み旋風を吐き出させている。弥兵衛の旋風には白色の淡い星の光が混ざり、毘沙の旋風には薄紅色の淡い星の光が混ざっている。そんな旋風が魔王の前で合わさると、更に力を加えた様で、顔を引きつらした魔王を巻き込み夜空へ吹き上げて行った。その後には、体をふわりと浮かせた毘沙も旋風の中で魔王を追う様に吹き上がって行った。 「毘沙さん、毘沙さん・・・・・」  本丸跡では夜空を見上げて闇の剣士達が、毘沙の名を呼び続けている。そんな時、夜空の中で二、三度、金属が打ち合った光が見え、その後には北斗と北辰の星が輝くばかりであった。そして、雨の始まりの如くぱらついていた天魔も、いつしか無くなっていた。
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