闇の剣士 剣弥兵衛 魔王殲滅(七)

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 翌日、京に戻った弥兵衛は、四条舟入から高瀬舟に乗る清玄、九十郎、呉作、太平を見送ると、源四郎ともここで分かれた。それぞれが何か重い気持ちを抱いており、心の中には荒んだ風が吹いている様であった。それと言うのも、小谷城本丸跡で旋風に舞い上がった毘沙が戻らず、何か大切な物を失ってしまった思いにさせられていた。夕刻に大黒屋へ戻り、智里に顔を会わせたものの気分が晴れず、呼び止める智里の声を聞き流して不動寺へ出向いて行った。  いつもの様に、祭壇の前に座り線香を灯す。同じ作法であるが、今宵は気怠く感じてならない。月明かりが格子戸を通して射し込む中で、不動明王の真言を唱え始めた。まだ通りには人の行き来が絶えていないが、そんな外の騒めきに揺らがされることも無く、一心に唱え続けていた。やがて人の行き来も少なくなった頃、石不動の後背に不動の姿が現れた。 「弥兵衛よ、飢饉は、これから本格になろうが、よくぞ近江で魔王の始末をつけてくれた。これで、ここからの広がりは防げることになる」 「いえ、あれは不動様が、差し向けて頂いた毘沙さんのお力のお陰です。しかも、その毘沙さんを帰らぬ人にしてしまい、誠に申し訳ない次第にございます」 「いいや。毘沙のことは、そんなに気にしなくてもよい。あれは毘沙門天の生まれ変わりの娘で、再び元の彼岸の地へ戻ることになった」 「そうでしたか。しかし、現世での暮らしに望みは無かったのですか」 「そちらと違って毘沙は、仏の世に生まれた娘で、魔王が現れることもあって現世に使わした。現世には楽しみも多いが、酷いことも多々ある。そんな酷さを見過ぎた様で、現世に嫌気が差しておったのだ。そこで、その元凶である魔王と差し違えてでも始末を付けねばと考えた様だ」 「そうですか。なかなか良く出来た娘さんで、現世におれば一角のことを成すと思っていました」  五本目の線香が途絶え、弥兵衛は次の線香に火を灯した。すると、不動が再び口を開いた。 「これからも、また後の世にも、魔王と呼ばれる者は必ず現れる。それは人の世の性(さが)であり、宿命でもある。力を持つ者は我欲に走り、横暴と言われようが専政を貫くであろう。そして、その悪行とも思わぬ独善は、他国を侵略し世の秩序を我が物顔に変えてしまうことまでやり抜くはずだ。そんな不遜な輩を出さない様にするのが真っ当であるが、先に言った様に恐らく出て来る輩に、気を付けておいて欲しい」 「よく判りました」 「ならば話はこれで終えるので、早く大黒屋に戻り智里を安堵させてやるのだ。そちには良い知らせをするはずだ」 「良い知らせとは、何になりますか」 「それは智里の口から直接に聞くのが良いのだが、子宝だ」  弥兵衛の腰が浮き上がっている。そこで反転すると、不動を見向きもせず外の夜道を駆け出して行った。
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