闇の剣士 剣弥兵衛 魔王殲滅(七)

4/12
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 数日経った昼前、清玄が播磨、摂津、土佐から来た闇の剣士を伴い、大黒屋を訪ねてきた。弥兵衛は、不動との話を教えていた源四郎を呼び、五条大橋近くの割烹屋へ連れ立って出掛けた。今や大黒屋の主人になっている弥兵衛に店の女子衆の愛想は好く、直ぐに定席となる二階の部屋に案内されていた。頭を丸めている清玄が異相に見えるが、昨年までに二度訪れており、顔を見知った女子衆もいた。他の者も闇の剣士とは言え、普段は町人や農民で、他の旅人と比べても様子は変わらない旅姿であった。弥兵衛らと歳に違いは無く、差し障りの無い世間話をしながら食事を進めている。そんな宴席が落ち着いた頃、おもむろに弥兵衛が話を変えている。  「私の闇の名は、剣弥兵衛。こちらは十文字源四郎と名乗られます」  弥兵衛は自らと、横に座っていた源四郎を紹介した。すると向かいに座っている清玄が、三人を紹介しようとしたが、次々に口を開いている。 「私は、播磨の国で両槍(りょうそう)を名乗る九十郎です」 「わては、摂津で十尺を名乗っ取ります呉作どす」 「わいは土佐の一領具足の末裔で、猪追(ししおい)の太平じゃ」  三人が名乗り終えると、清玄がそれぞれから聞いていた物の具を話している。 「九十郎はんは、六尺棒の両端に穂を付けた槍を使われ、呉作はんは十尺もある樫の棒を扱う手練どす。土佐の太平はんは、農家の傍らで猟をされとって、弓の名手どす」  そこで三人が改めて頭を下げていた。 「ところで、西国の凶作では、浮塵子を蔓延らす一党がおると聞いております。どの様な手立てを使っておるのか、判りますか」  弥兵衛は、三人を見渡しながら本題に入っている。 「それでは、私から話を始めます」  九十郎が、口火を切ろうとしている。  九十郎は播磨の住民であるが、備前、備後を駆け巡り、海路を行く船人からは九州の状況まで聞いていた。それによると浮塵子の蔓延は、九州から始まり、今や四国、中国にまで及んでいること。浮塵子が蔓延る前には、黒染めを着た一団が高い山に登り、何やら祈祷の様な振る舞いを行っていること。それを阻止しようと闇の剣士が挑むと、たちまち一団に取り囲まれ倒されていた。 「闇の剣士が倒されるとは、その一団には相当な使い手がおるんどすか」  源四郎が、訝しい顔で聞いている。 「使い手と言うよりは、十数人の多勢を頼りに囲い込むような戦いです。そんなことを予測していなかった多くの剣士が倒され、残った者も民人を救うため食い物のかき集めに奔走している状況です。食い物に困った民人は、雑草の葉や根に蛙や蛇なども口にしております」 「それは辛いことどすな」 「その通りです。ただ酷くなるのはこれからで、それがどれ程までに広がるかが懸念されます」 「それでその一団は、何処に向かっておるのですか」  弥兵衛は、一番気にしていることを尋ねた。 「土佐におった一団は、北に向かい讃岐の海を渡ったようじゃ」  太平が意気って答えている。 「そのようですな。備前にいた一団は播磨に入り、そこから丹波を通り若狭へ向かうと思います」  九十郎の話に弥兵衛は、しばし沈思してから口を開いた。 「不動様のお話によると、丹波から東へ向かうとのことでした。その浮塵子は海を渡って来るのなら、次は近江から尾張に至る所になるのではないかと思います」 「確かに、その通りになるかも知れませんな」  もう一つ確信を持てなさそうな九十郎の言葉に、源四郎が口を挟んだ。 「うちは伊賀で忍びの家系どして、各地の地勢には通じておるんどす」 「ほう、伊賀の忍びの知見ですか」  九十郎が感心を示している。 「若狭の山々はそれ程高くは無く、風はここを吹き抜けて、北近江、関ヶ原を通り美濃、尾張へと吹き込むんどす」 「なるほど、そう言うことでしたか。ならば、この辺りで高い山は何処になりますか」 「それは、間違いなく伊吹どす」 「あの薬草で名を馳せている伊吹山ですか」  ここに集まった者が一様に得心している。この時、裏手の高瀬川には下りの高瀬舟が通り、華やいだ声がここにまで届いていた。そんな声が遠のいた時、弥兵衛は話した。 「そのようなことになるなら、先回りをして適地を先に占拠するべきですな」 「いや、待っとくりゃっしゃ」  呉作が、初めて話している。 「播磨から若狭へ向かっておるのは聞きましたんやが、その後の足取りを掴んでおりまへん。東へ向かうんは判りまんやが、近江になるんかは判らしまへん。まさかの越前へ向かうのも考えなあきまへん」 「確かに、そうです」  九十郎が同意している。 「近江の伊吹とゆいはしましたが、今は越前に向かうことも考えとかなあかんかも知れまへん。そんなら奴らの行き先を確かめるしかおまへん」  源四郎が力強く声を掛けた。 「うちはさっきもゆうた様に、ここらの地勢をよう判っとります。そこで播磨から丹波へ向かったのはいつのことどすか」 「それは一昨日の朝のことで、播但道を北に向かうのを姫路から三里ほど後を付けてから、清玄さんの所へ向かいました。そこからは、福知山、舞鶴へと続く道になります」 「すると奴らが何もしなければ、今日は舞鶴辺りの泊まりのはずどすな。もし、その辺りで祈祷のようなことをするなら、若狭富士とゆわれる青葉山になると思うんどすが」  源四郎が、九十郎の話に答える様に問い掛けている。 「それは観音巡礼の松尾寺がある山ですな」 「そうどす。あの辺では、見晴らしがある山どす。そこで、今から直ぐに京を発ち、鯖街道を夜通しで歩けば、明日の朝には小浜で奴らと遭遇することになるはずどす。それで、小浜から敦賀に向かう様であれば越前どして、小浜から今津に向かえば近江どす。そこで、うちは狼煙を上げますんで、白い煙は越前、黒い煙は近江におます」 「それで残りの者は伊吹へ向かい、もし白い煙でおましたら、そこから越前へ行きますんやな。そんで黒い煙におましたら、そのまま待ちますんやな」  呉作が聞いている。 「その通りどす」 「なら、わても小浜に連れとっとくりゃす。二人なら、繋ぎの役でも困ることがおまへんさかい」 「よく判りました。それなら、その様に致しますか。私らも、今から直ちに伊吹へと向かうことにします」  弥兵衛の言葉で六人の顔に決意がみなぎり、最後に杯を上げて健闘を誓っていた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!