闇の剣士 剣弥兵衛 魔王殲滅(七)

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 一旦、大黒屋に戻った弥兵衛は、智里に闇の仕事があるとだけ言い残し、店を後にした。田舎であれ程の技を見せられていた智里は、ただ頷くことしか出来なかった。闇の仕事とは如何なるものなのか、現世の者には判るはずも無く、弥兵衛の無事を祈るばかりである。  三条大橋を渡り、北に向かう源四郎と呉作を見送った弥兵衛は、清玄、九十郎、太平と連れ立って東海道を大津へ向かっている。道すがら九十郎と太平に飢饉の様子を聞くと、想像を超えた惨状の様子が窺える。  天空から雨の如くに降り来たる浮塵子は、まるで飢えに苦しむ餓鬼の様に稲穂に吸い付き、一帯を枯らすと、また群れを成して移動している。こんな様子を見た民人は、田を諦め山を流離う者に、また実りの失望で正気を失う者。更には、一揆へ向かうことも多々考えられると言う。畦や道端にほったらかしにされた遺骸は、痩せ細って骨張った姿を見せ、それが街道に点々と続く村もある。物乞いをして暮らしていたのか橋の下には、年端も行かぬ子らの遺体が鳥や獣に晒されている光景も見たとも聞いた。弥兵衛は、我欲のために無辜の民人を苦しめ、餓死にまで至らす一党に滾るような憤怒を堪えている。そんな野望を潜めた行いを差配しているのは魔魁に取り付かれた厳学と名乗る僧なのか、それとも不動が語った魔王の仕業になるのか。浮塵子などと虫を使って世を乱す魔王は、今だに姿を現すことが無い。そんな魔王の実態とは。弥兵衛は、様々な状況を頭に描き、被害の拡散をここで食い止めることを決心していた。  大津から瀬田唐橋を渡って北へ向かい、近江八幡辺りではすっかり日が暮れていた。しかし、闇の剣士として鍛えている四人の足は、旅人の途絶えた道で傍目を気にすることも無く脱兎の如く早さで進んでいる。米原から北東に向かい伊吹山を登り始める頃に、漸く途中の宿場で買い求めた握り飯の一部を食べていた。その後は一気に山頂へと向かい、丑の刻(午前二時)には登り詰め、そこで仮眠を取っていた。
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