闇の剣士 剣弥兵衛 魔王殲滅(七)

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 三条大橋から北へ向かった源四郎と呉作は、鯖街道を歩き夜明け前には小浜へ着いていた。敦賀と今津へ向かう街道の分岐で見つけた飯屋へ入り、外の様子を見ながら朝飯を食べている。巳の刻(午前十時)になっても黒染を着た一団が現れず、呉作の顔を見て頷きを確かめると、直ぐさま西に向かって歩き始めた。何処で奴らと遭遇するのか、源四郎は緊張感に苛まれながら先を急いでいる。右手を見ると若狭の海が長閑に広がり、ふっと気分を弛緩させる時もあった。それが未の刻(午後二時)を過ぎた頃、青葉山の山裾に着き、土地の者に聞いた話に愕然とさせられている。一昨日の朝から黒染の法衣を着た者が、次々とこの山へ入り、その数は百を超えていると言う。修験者の一団なのか、それとも観音巡礼の講なのか、それにしても厳めしい面構えの者達に誰も近づく者がいないとも言う。 「恐らくは西国のあちこちに散らばっておった一団が、ここでまとまったんやないか」  呉作が、人数を聞いて不安げな顔をしている。 「その通りやと思うんどす。そやけど、これ以上遅うなると、弥兵衛はん達の動きが取れまへんさかい、呉作はんは繋ぎを取っとくりゃす。うちは暗うなったら、この山へ登ってみます」 「そうどすな。ほならわては、一旦、伊吹へ行きまっさ。山に登らはるには、気いつけとくりゃっさ」  呉作が伊吹へ向かった後で、源四郎は暗くなるまで仮眠を取り、徐に動き出した。九十九折りの坂道を登って行くと、見張りの目を感じている。ここで騒ぎを起こすと、奴らに警戒され己の身も危険に晒されることになり、脇に逸れて藪を登っている。幼き頃から伊賀の山野で鍛えた体は、このぐらいの藪は何の障害でもなく、間もなく頂き近くで大勢の集まりを見据えていた。 「ほう、これが黒染の一党か。確かに、百は優に越えておる」  胸の内で呟きながら様子を伺っていると、一人の男が腰ほどの高さの岩の上に立った。 「あれは厳学と名乗る僧ではないか」  船岡山の北にある寺で、顔を見た男を思い出していた。すると五間(9m)程離れた藪の中から、くぐもった忍びの話し方で声が聞こえて来た。 「あの男の指図で、これから北斗の陣立てがされるはずじゃ」 「お前さんは、何者だ」  こんな所で聞こえるはずの無い人の声に、しかも忍びの声がするとは、源四郎はたじろいでいた。 「私は出雲から、この一団を追って来た毘沙(びしゃ)と言う者じゃ。私は、星雲の剣を使うが、闇星の剣を使うのはそちか」 「何と、闇星の剣だと。うちでは無いが、仲間の剣弥兵衛とゆう者だ。こんな話をするのは、もしやお前さんも闇の剣士か」 「その通りじゃ」 「うちは、十文字源四郎と名乗っておる」 「源四郎さんか。忍びの技を持っておるのじゃな」 「伊賀の出だ」  山頂付近では黒染の一党が、毘沙が言った北斗の陣を整えている。それは一団毎を一つの星に準えて、北斗七星の配置を地上で作ろうとしている。そのひしゃくの先端を五倍した距離に北辰として、岩の上に立つ男がいる。 「あれで、どうするのか」  源四郎は、問い掛けた。 「岩に立つ男が天魔の呪文を唱えることになる」 「天魔とは何だ」 「浮塵子のことじゃ。それで、その呪文が絶頂になった頃に、それぞれの一団毎の篝火に糠を焼べるのじゃ」 「糠とは」 「浮塵子を誘うことになるようじゃ」 「お前さんは、何故そこまで知っておるんか」 「出雲の大山で、同じものを見た。その時は二十人ほどの一団で数人を倒したが、頭数は直ぐに戻っておる」  男が呪文を唱え始めた。すると陣を作った者どもが、それぞれの篝火に糠を焼べ始めていた。 「これで明日からは、この辺りより浮塵子が蔓延り始めることになる」 「此奴らは、この後何処へ向かうのかが判るか」 「近江から越前じゃ。それで近江では、いよいよ魔王が合わさることになるはずじゃ」 「何、魔王とは」 「ここは、これまでじゃ。この一党を止めるには剣弥兵衛と申したか、闇星の剣と私の星雲の剣が出会わねばならない」  話を打ち切った毘沙を伴い、源四郎は山を降った所で対面した。そこで、月明かりに照らされた毘沙を見た時、源四郎は叫ぶように話した。 「やや、お前さんは女か」 「そうじゃが、何かさしさわりがあるのか」  うら若く、まだ二十歳にも満たない女が、頬を膨らませて立っている。それは智里や紗江にも劣らない美しい姿である。 「いや、女では力が足りぬと思っただけだ」 「剣は力で扱うものでは無い」 「確かに」  既に、東に向かって歩き始めた毘沙を、追いかける様に源四郎は後に従っている。 「ところで何処へ向かうのか」  黒染の一党を見てから京言葉で話していない源四郎は、毘沙にも同じであるのに心内で苦笑している。 「近江と言っておるので東に向かっておる」 「近江とゆうても広い土地どすが」  やっと落ち着いたのか、京言葉が口から出始めた。 「近江で高い山は、何処じゃ」 「それは伊吹どす」 「そうじゃ。そんな山の名を、あの一団の者が言っておった。まず間違いは無い。剣弥兵衛さんに繋ぎを付けて貰えぬか」 「弥兵衛さんに、他の闇の剣士四人が伊吹山で待っとりますさかい」 「そうか。一党の動きに読みが深いのは、都合が好い。それでは私とそちを加えると七人になるな。それなら十分に戦うことが出来そうじゃ。それに、魔王が現れても、闇星と星雲の両剣が合わされば、何とかなる」  毘沙が自らを納得させながら、どんどんと進んで行く。もう一つ腑に落ちない源四郎は、全ては弥兵衛に会わせてからと思いながら後に従っていた。
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