闇の剣士 剣弥兵衛 魔王殲滅(七)

7/12
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 翌日の昼を過ぎた頃、源四郎と毘沙は、伊吹山頂近くで弥兵衛ら闇の剣士と会っていた。呉作の繋ぎで、青葉山に一党が集まっていることを聞いていた弥兵衛らは、源四郎が連れて来た女が何を語るのかに関心を持っている。 北近江で最高峰となる頂からは、夏の終わりの日射しを受け群青色に静まる琵琶湖が穏やかな湖面を見せ、南方には茫洋として広がる湖東の田畑が望まれる。ここから眺めていると、何故か誰もが天下を取った様な気分にさせられる。 「それにしても、好い眺めじゃ。魔王がここを選んだ訳が判る気がする」  弥兵衛ら闇の剣士を一人一人紹介された後に、毘沙が最初に口にした言葉であった。不動からも魔王の話を聞いていた弥兵衛は、直ぐに応じている。 「毘沙さんは、今、魔王と話されたが、この山に現れると言うことですか」 「出雲の大山で一団から聞いた話では、大陸から天魔の追い出しが終わり、この伊吹山からは一党を直に統べるようじゃ。天魔とは浮塵子のことじゃが」 「それに黒染の一党は、各地に散らばっていた一団がまとまっとりまして、青葉山で見たのでは百五十人程になっとります」  源四郎が説明を加えていた。 「その一党がここに来るのは、今晩から明日に掛けてになろうが、恐らく個々に分かれて来るはずじゃ」 「そこまでの内情を、良く聞き出せましたな」  弥兵衛は、一党の話の中身に感心している。 「それは一党と言えども、一枚岩では無い。ともかく魔王の決定には逆らうことが出来ず、この一党に加わっている者は虫けらの如く使い捨てじゃ。それで、給金や勤めを果たした後の恩賞には納得するも、やり方を批判する者は多い。しかし、別に魔王の身辺を守る十数人の輩がおって、逆らう者は容赦なく亡き者にしておる。そんな魔王は、己の我欲にのみ正義があるようじゃ」 「魔王の狙いとは、何になりますねん」  呉作が身を乗り出して、問うている。 「それは民人の死を取引にして、幕府を牛耳ることじゃ」 「へー、そんなことが出来ますのか」 「幕府の中心におる者が、弱みを見せれば直ぐに取り付かれることになるんじゃ。そこで今の秩序を覆し、魔王の言うがままに操られることになる」  毘沙が呉作から目をそらし、再び南方に広がる田畑を見ている。 「こんな実りの多い地を、あんな一党に荒らされてよいのか。西国の巷では多くの民人が餓死しており、幼気な子供まで死に至らせておる。こんな悪行を見せられ、私は一党を許すことが出来ない。ただ、悲しいことに一党のやっていることは闇の中であり、現世の者には知ることが出来ない。そこで私は、一党と魔王を合わせて消し去るために、不動様よりに使わされたのじゃ」 「そう言うことでしたか」  弥兵衛は大きく頷き、負けん気の強い小娘と思っていた源四郎も他の闇の剣士と共に納得していた。 「私が思うには、一党と魔王が来たることの見張りと、一党の側面からの仕掛けを行う者を出すことじゃ」 「ほう、我らを二手に分けると言われますか」  弥兵衛は、不動から使わされたと言う毘沙の思惑を真摯に聞こうとしている。 「ただ近づくと囲まれる恐れもあるので、飛び道具を扱う者が良い。先程聞かせて貰った中では、源四郎さんの十字手裏剣と太平さんの弓じゃ。それは一党や魔王を守る輩を、纏まらせずに分断するのが狙いじゃ」 「奴らに集まった動きをさせん様にするんどすな」  源四郎も不動から使わされたとの言葉を聞いて、素直に同意している。 「正面では残りの五人が対するが、魔王の始末は私と弥兵衛さんに任せてもらう」 「ほう、それは何故に」  九十郎が疑問を差し挟んだ。 「それは魔王の背後にいる天魔に対するためでもあり、闇星と星雲の剣から発する旋風が纏まると、天空に浮かぶ全てのものを吹き飛ばすことになるんじゃ」 「旋風を起こすとは、どの様な技になりますか」  もはや弥兵衛は、毘沙の指示通りに動こうとしている。 「弥兵衛さんは、風神の秘技を使われますが、この時、刃を横に薙ぐので無く、縦にして団扇の様に扱います。すると、凄まじい風が起こり、それが旋風に変わることになる」 「そうでしたか。それは不動様に聞いていませんでした」  小袖の裾をもんぺで包み、長い髪を後に纏めた娘が悠然として微笑んでいる。その姿は、まるで不動の身代わりとなり、現世に現れた女神の風情であった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!