闇の剣士 剣弥兵衛 魔王殲滅(七)

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 それぞれの位置に筒を隠すと、一同は頂近くへ戻り平地を上から伺っている。一刻(二時間)を過ぎた頃、下弦の月の輝く夜空の下に最初の一団が平地に到着し、一人の男が指示をしている様子が見えた。その指示の合間には、何やら呪文を唱えると、かつて船岡山で体験した魔境の結界と思える雰囲気が作られていた。 「あの男は、厳学に間違いなさそうです」 「厳学とは、如何なる者じゃ」  弥兵衛が呟くと、毘沙が問うている。 「洛北の寺にいた僧ですが、不動様が言われるには魔魁であると」 「ほう、それは魔王の第一の腹心じゃ」  毘沙が吐き捨てる様に言った。 こんな時、呉作が頂に戻って来て、疑われることも無く、ここの平地が適地だと信じ込ませたと話した。そんな呉作の手には十尺にもなる樫の木の棒が握られていた。交代で仮眠を取りながら平地を伺っていると、夜明けから昼に掛けて次々と一団が到着しており、二百人近くの者が集まっていた。それらの者が、北斗の星の配置に分かれて火床を設けており、ここに糠を焼べるものと思えた。闇の剣士達の中に緊張が高まる中で、夕刻になると山裾で雑草を燃やす煙に変化が現れた。 「あれは、いよいよ魔王の集団が現れた合図どすな」  清玄がくぐもった声で、知らせている。 「漸くやって来たか」  得体の知れない魔王が、己を守る者どもを引き連れ伊吹山に着いた。その集団が山を登っており、先に集まっていた一党に先触れがあったのか、一党の様子に急な変化が現れた。北斗の星の配置に作った火床の周りで、一団毎に整列している。それを見て毘沙が言った。 「こちらも、そろそろ相手に見つからぬ様に、準備するのじゃ」  すると予め扱いを決めていた筒の元へ、それぞれが忍び寄った。 「いよいよですな」  丘の正面に置いた筒の側で、弥兵衛は呟く様に話した。 「あの北斗の星の柄杓の先端から五倍の位置に丘があり、まさにあそこが北辰になるんじゃ。そこは王者がおる場所であり、魔王がこれに変わろうとする意志の現れじゃ」 「ならば、あの丘に立つのが魔王ですか」 「まずは間違いない」  丘の右手、北斗の星の手元に当る辺りから集団が歩いて来た。その先頭は一際背が高く、頭一つ抜け出た大男であり、遠目にもがっしりとした体躯が判る。そんな男の身に付けた黒染の背丈が長く、他の者と身形が大きく違っている。手にした錫杖が突かれる度に響く錫の音も、辺を威圧しているかの様である。そんな男が集団と共に丘の上に立った。 「一同の者、今宵より我が直接に指揮をとる。この地より東は、江戸に大きく力を見せる所ぞ。悪政を断ち切る正念場と思え」  夜空に轟く様な声で男が叫んだ後に、毘沙のくぐもってはいるが明確に耳元へと届く忍びの声が聞こえた。 「あれが魔王じゃ。放て」  魔王の立つ丘に向かい三方から闇星の風弾が、ほぼ同時に放たれた。ズドンと地響きの様な音を発して一丁程の距離を飛ぶと、煌びやかな星になり、着弾した辺りから凄まじい風が一党を圧迫していた。平地に集まっていた一党のほとんどの者が吹き飛ばされ、丘に立っていた魔王とその集団も丘から姿を消していた。  そこに三方から闇の剣士達は、それぞれの物の具を手にして一党に迫っている。そんな一党の半数程が、刀を鞘ごと膝元に置き平身した姿があった。立ち直った者が纏まろうするが、魔王の後を付けてきた源四郎の十字手裏剣と太平の弓で倒されている。そこに弥兵衛の闇星の剣、毘沙の星雲の剣が唸り、清玄の闇雷の発条が立ち向かう者を昏倒させている。一方では、九十郎の両穂の槍が相手を突き倒し、呉作は十尺にもなる樫の棒を回転させ叩きのめしていた。 一刻(三十分)を過ぎると、一党の中で立っている者はほとんどいなくなった。ただ、丘の前では厳学と数人が呆然と佇み、闇の剣士七人と向かい合っていた。そこで、息も乱していない弥兵衛は、厳学に声を掛けた。 「確か厳学さんと名乗られていましたが、これで悪行は尽きましたな」 「洛北の寺にお越し下さいましたお人どすな。あの時も変な言掛りどしたが、此度は、これだけの人を倒さはって、どないなお考えどすか」 「これは異なことを言われます。ここまで西国のあちこちで浮塵子を蔓延らし、飢饉を招いて来たことは明白な事実ですが」 「何を証拠に、そないなことをゆわはりますんや」 「そこの火床の横に落ちている糠袋が、確かな証拠じゃ。西国の山で何度か見ておる。その香りで天魔を誘うんじゃ」  毘沙が脇から叫ぶ様に話した。 「おーっ、厳学様。此奴は、大山で我らに斬り掛かって来た娘ですぞ」  厳学の横にいた男の一人が、目を見張って言った。 「判ったか。ならば見ての通り、私らへ抗うことは出来ない。ここで刀を置くなら許してやってもよいが」  毘沙の言葉に厳学と何人かの男が、うなだれて刀を置こうとしていた。そこに丘の上から数本の棒手裏剣が放たれ、厳学と他に二人の男が倒れ込んでいる。源四郎が素早く丘に駆け上がり、その向こうを覗いたが、数人の男が滑るが如く急峻な坂を駆け下っていた。 「逃げ足の速い奴らめ」  源四郎が、投げやりに叫んでいる。 「これは駄目の様じゃ」 倒れた厳学を見て毘沙が言うと、その体から淡い光を発して陽炎の様な姿が浮き上がっている。それを見て、すかさず毘沙が星雲の剣で薙ぎ払った。すると、二つに分かれた陽炎が、光を失い消滅してしまった。 「今のが、厳学に取り付いていた魔魁じゃ。やはり魔王は、我らにひれ伏す様な者は許さなかったと言うことじゃ」 「これで魔王と、その集団は、闇星の風弾を寸前で逃れたことになる。ただし、我らが戦っておる間に、何処へ行ったのかが判らぬことになった」  弥兵衛は、無念な思いを口に出した。  源四郎に続き、一同が丘に登っている。 「しかし、天魔はまだ健在のはずで、この地に蔓延らすことを諦めてはいないはず。この伊吹山の近くで高い山となると、どこになるんじゃ」  辺りを見回す毘沙の目が、西から少し北へ移った所でぴたりと止まった。 「あそこの山の名は」  毘沙が指し示した山は、伊吹山に比べると半分にも満たない高さの山であるが、琵琶湖に近く、その南が開けている。 「あれは廃城になっておますが、小谷城があった山どす」  源四郎が答えた。 「小谷城とは、あの浅井氏の居城ですか」  九十郎が、勢い込んでいる。 「山は低くても天魔を誘う事柄が整っており、かつて北近江を支配していた浅井氏の居城跡となれば魔王の意志にも合うことになる」  毘沙が魔王の意図を推し量る様に、答えを出していた。 「ならば、直ぐにでも行きますか。厳学が倒れ、間もなくここに掛けられていた魔境の結界が崩れることになる。居残っておれば、現世に戻れなくなり早く立ち去ることだ」  弥兵衛は、残っている一党の者どもにも声を掛けると、闇の剣士と連れ立ち小谷山を目指して伊吹山を下って行った。
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