今日から僕は小説を書く

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 このままこの話を書いていてもだめだ。僕はそう判断することが出来た。やっぱりそういう判断を下してしまった、と表現すべきかもしれない。  別のプロットを引っ張りだして、次の作品を選ぶか……僕は、それをしても結局は出だしだけ書いて投げ出すんだろうな、そう思ってしまった。もしかするとガンガン書き進められる題材があったのかもしれない、でもその可能性が著しく低いだろうことは僕にも分かる。ならどうするのか。  短編を書こう。  ライトノベル文庫一冊分を想像するから嫌になるのだ。僕は、すいすい進めば1時間で1000字くらいは書けるのだ。短編なら、1日あれば書けるだろう。1日は24時間もあるのだ。  ……いや、この期に及んで本気でこんなに楽観しているわけではない。多分一日では書き終わらないだろう。それでも、現実的に届きそうなゴールが見えるのは、思いのほか僕のモチベーションを回復させた。  例えるなら川を船で漕いで渡るのは出来そうだと思えても、大海原を漕いで進むのは無茶にしか思えないようなものだろうか。  先人は正しかった、初心者に長編は無謀だったんだ。  ただの逃避かもしれない、というのはいったん脇に置いて、じゃあ何を書くかという話だ。  とにかく何かを完成させることを優先して、二次創作なんかどうだろう。いや僕はなぜか二次創作は書く気にならないんだよな、そもそも書いて食っていきたいんだから、どう転んでも売れなさそうなのは書くモチベーションが……いやでも、そんな贅沢を言える状況でも……  ……欲が湧いた。せっかく書くなら、短編のコンテストに応募してみるのはどうだろう? それを目標にすれば、小銭稼ぎになるのでは……?  僕はこの期に及んで、まだ自分の力をちょっと上に見ていた。ポジティブなときはこういうやつなんだ。  そこで僕は、ネットで短編が応募できる場所を探した。しかし、いくつか見た後、「いや何を書くかで悩んでるんだから応募先決めても意味ないだろ」という当然の突っ込みを自分自身に入れた。  それでも、スマホを持っている時にネットを見る手を止められるような精神構造ではない僕なので、あんまり意味がないなと思いつつも短編小説公募を見続けた。  そこで目にとまったのは、テーマがある小規模なコンテストだった。小説投稿サイトの開催するコンテストで、とくに応募したところでそれが本になったり作家デビューしたりはなさそうだったが、その分気楽そうだ。賞金も出るらしい。大賞賞金30000円。  30000円。収入のない僕には大金に見える。なにせポメラと同じ値段だ。大金である。  いや、他の賞にはもっと高い賞金もあるが。逆に安いからこそ、手が届きそうな気もする。  しかしテーマか。何を書くか悩んでいる僕には良いかもしれない。執筆の練習と割り切ることには不安もあるが、一応賞金も出るとなれば自分を奮い立たせることも出来るだろう。え、賞がとれなかったら? そんな都合の悪いことをちゃんと検討できる人間なら、僕はおそらくすでに働いている。  それで、どんなテーマがあるんだろうか。えーとなになに、「○○を呼べ!」から始まる物語? 例えば……呼ばれなさそうな意外性で、「俺を呼べ!」とか? いやここからどこに始まるんだ。ドッペルゲンガー的なのがいれば矛盾はないか……うーん、収拾がつかないな。  それに期限が近すぎる。仮に今僕が覚醒しても今日が締め切りではどうしようもない。  もう一つは……「今日から私は」がテーマか。うむむ、大喜利じゃないが、こういうのは発想でインパクトを見せつけていきたいな。始まりって感じのフレーズだし、何度も作中に出すのはどうだろうか。タイムリープ系で、今日から私は、から始まるシーンが3つくらいあって、最後には何事もなく解決しているように見せて……ううん、まとまらない。  こっちは期限に余裕があるし、ちょっとやってみたいのだが……今日から僕は……うむむ……うん?  あれこれ、僕の現状にぴったりじゃないか?  つい3日前、今日から僕は小説を書きますとかやってるし。  僕の日記みたいな内容で、小説を書こうとするやつの悩みが書き連ねてあって、最後にはなんとか書き終えて、それがこの小説なのだーってメタフィクションな要素もあって。  ……書けるのでは? 面白いのでは?  この閃きが、良いのか悪いのかはまだ分からない。いわゆる深夜テンション的な、追い詰められた僕のメンタルだからこそよく見えただけなのかもしれない。だが僕のタイピングは、これまでの小説とは比べものにならないほどよく進んだのは確かだ。  そして気づく。興味のあることについて書くのはこんなに楽しいものなのか、ということに。  この4日間、僕はずっと僕のことについて、僕が作家たり得るかについて、そればかり考えていた。僕の興味を最も引いていたのは僕自身の事情であり、妄想の世界は逃避先でしかなかったのだ。  何よりもずっと考えていること。それを書くのが一番執筆効率が良い。自分が夢中になってしまうことだから、当たり前だ。  なら、書ける。時間も気にせず、夕食を食べて戻ってもすぐにポメラに触る。そして続きを一心不乱に書き進める。文章のあらなど気にしない。書いていないことは、僕が考えなかったことなのだ。必要ない。とにかく書く。書く。書き続ける――  ここまで、書いた。  時間はいつの間にか日付が変わっている。4時間か5時間か……いつから始めたのかを覚えていないので分からない。どうでも良いので忘れてしまった。  文字数は……7062字。僕の人生で書いた最長の小説だ。これなら、短編として少しは格好がつくだろう。  しかし、読み直してみると、なんというか……本当に赤裸々という感じだ。赤の他人には見せられるが、家族にはとても見せられない。だがまあ、これはこれで、ある意味僕が書かなければ世に出ることのなかった物語だ。とても満足している。  とはいえ、小説というのは読まれてナンボだ。これが良いのか悪いのかは、僕が決めることじゃない。  今後僕がどうなるのか、それは分からない。まだ短編を1つ書いただけ、それも禁じ手に近い自己語り。結局これ以外の物語を何も書けないのかもしれない。  だがこれだけは胸を張って言える。  今日、僕は小説を書き切ったんだ!
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