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椅子に座ることによって押しつぶされている太ももの付け根にその匂いの元があるのだと、感じ取れた。
もしかしたら僕は変態なのかもしれない。
視界が、スっと、引いていくのがわかった。
それはまるで、映画館から出た直後のように、
現実と、フィクションとの境目がわからないような感覚に似ていた。
僕は、遠い日の、母親のことを思い出した。
母親はときどき、「耳かき」をしてくれた。
普段、体を接することがない日常の中で、母親の体温を感じ取れるのは「耳かき」をしているときだけだったのだ。
抱擁してくれるわけでもない。
髪を撫でてくれるわけでもない。
他者の体温を感じ取れるのは、「耳かき」だけだったのだ。
正座をした母親の太ももに自分の頭を載せる。
竹製で、頭に綿のボンボンのついた耳かきが自分の耳の中を探っていく。
「あっ、大きいの、あった♡」
母親は、大きな「耳カス」があると、喜ぶ。
喜んでいる母親の声を、瞑った目で聞きながら、自分も嬉しく思う。
よかった。あって、と、思う。
そんなとき、「匂い」を感じるのだ。
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