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 いつの世も、恨つらみ、怨念がなくなることはない。今現在も怨念は人により生み出され、行き場をなくし、漂う。次第にそれ自身が力を持ち始めると、怨霊と化して再び人の前へと姿を現す。怨念という悪の根源は、局外無縁の人々を闇へと引きずり込む。人の世を漂い、人の暗い情念に触れ、怨嗟を取り込み具現化されたそれは悪鬼となり、より一層狂暴に人へと牙をむく。  人により怨霊や鬼、魑魅魍魎の存在は「(おぬ)」と名付けられた。  隠は一度発生すれば普通の人間であれば排除の術がなく、飲み込まれるしかない。しかし、この世には隠に対抗できる術を持つ者が生まれてきた。彼らは古より特別な力、咒法(じゅほう)を持つ。隠祓いという一翼を担う代わりに、法秩序を免れることが出来るアナーキーな存在。彼らは隠儺師(おんなし)と呼ばれ、各地に拠点を構え、今もなお継承されていた。  南は福岡――増長(ぞうちょう)寮  東は東京――持国(じこく)寮  西は大阪――広目(こうもく)寮  北は仙台――多聞(たもん)寮  それぞれの拠点には強力な隠儺師が所属している。もちろん、法師や祓術師などの家系も各地に点在しているが、隠儺師ほどの強さを誇るものは少ない。それほどに隠儺師は強者揃いなのだ。ひと昔前は隠を討伐せんと交戦することもあったが、近年隠と人とが大戦にもつれ込むような深刻な局面を迎えることはなかった。隠儺師が命をかけて仕事をこなすなどということは多くはなく、割合に平穏な日々が続いていた。  それでも普遍というわけにはいかないのが世の中。  澄んだ水に中に、たとえ一滴でも墨が垂れれば、それは真透明ではなくなる。今まさにその様な局面を迎えようとしていた。 季節は春。舞台は、一番派手に暴れる街桜咲(おうさか)は広目寮。ここに落とされた一粒の墨。強靭な突風が花を舞い上げ、吹き荒れようとしていた。
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