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男勝り、気が強い、ガサツ。そう言われた己の性格は全て封印しようと決めていた。
髪を長く伸ばしてお洒落にまとめて、派手すぎないナチュラルメイクをすれば。あっという間に、ちょっと男受けしそうな大人しいOL女性の完成である。乱暴な言葉遣いをしないように気を付けて、なるべくにこにこと微笑むように心掛けなければ、とみらは自分に言い聞かせた。
この会社に、自分は仕事やお金、青春を求めに来たのではない。あくまで弟の死の真相を探り、復讐するために来たのだからと。
「今日から営業補佐でお世話になります、鳥海みらです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
少し緊張しているように装いつつ、ぺこりと頭を下げた。弟とみらは全然顔が似ていないが、万が一姉弟と気づかれたら厄介なことになる。どうかバレませんように、と内心ドキドキしていたものの、湧き起こったのはごくごく普通に歓迎の拍手であったのだった。
「よろしくー」
「よろしくお願いしますね、鳥海さん」
良かった、どうやら不審に思われてはいないようだ。やや胸を撫で下ろしつつ、みらは頭を上げた。
弟が仕事をしていたのは営業部だが、みらがこれから入ることになるのは営業補佐部である。この二つの部署は密接に絡み合っていると言っても過言ではない。スズカゼ・カンパニーは時計を中心とした商品を取り扱う会社であり、営業部が仕事を取ってきてルートを開拓し、営業補佐が入ってきた受注を処理したり在庫を管理するという役目を担っているのだった。みらがこちらに入ったのは営業部は現在人員を募集していなかったことと、営業補佐部の方でも目的を達成することは十分可能だと思ったというのがある。
スズカゼ・カンパニーはけして規模の大きい会社ではない。
別の部署の人間であっても協力してプロジェクトにあたることは少なくなかったし、営業補佐の人間ならば営業部の者達と接触することになんら違和感はないだろう。特に、新人という立場ならば、仕事について尋ねるついでにいろんな人から話を聴いて回ってもおかしくはないはずである。
「とりあえず、鳥海さんの机はもう用意してあるから。あそこ、山雲さんの隣ね。山雲さん、いろいろお仕事教えてやって」
「はーい!」
涼風社長の言葉に、元気よく返事をしたちょっと明るい髪色の若い女性が一人。みらより少しばかり年下だろう。快活そうに彼女は手を挙げてみせた。
「よろしくね、鳥海さん!あたし、山雲鞠花。気楽に鞠花先輩って呼んでくれてもいいからねえ!」
「は、はい。お世話になります」
どうやら、第一条件はひとまずクリアということらしい。みらはふう、と一つ息を吐いた。
まずは、うまい具合に鞠花の印象を上げておくことにしよう。だいぶお喋り好きそうな雰囲気の女性だし、雑談交じりにいろいろ訊けば、訊いた端からいろんなことをぺらぺらと話してくれそうである。
そして、ゆくゆくは、とみらはちらりと左の方に視線を投げた。営業部の男性たちに交じって立つ、長身に細身の青年を。
――あいつが、霧島流か。
思ったよりも若そうだ。そして、女性向けしそうな甘いマスクである。こっそり俳優もやってます、なんて言われても通用しそうな爽やか系の色男。少しだけ、りくに雰囲気が似ているかもしれない。
彼が弟を殺したと決めつけているわけではないが。相当親しくしていたようだし、何も知らなかったとは考えづらい。何としてでもお近づきになって、情報を聴きださなければ。
そう、女としての武器を使ってでも。
――何が何でも落としてやる。
そう。
みらにとっては流の存在など、利用するための存在でしかなかったのである。少なくとも、この時は。
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