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「これで、わたしたちもようやく、ゆっくりとできますね」
僕の隣にいる魔法使いが、大きく伸びをする。
「そうだな。長い戦いだった」
僕らは今、魔王との壮絶な戦いを制し、世界を救った英雄として城に招かれている。今日は王から勲章が授与されるとのことだ。
勇者である僕、魔法使い、盗賊、武闘家の四人が柄にもなく正装をしている。
「わたし的には、もっと旅を続けても良かったんだけどね!」
「一番、嫌がってた奴が、よく言ったもんだな」
盗賊の強がりに武闘家がツッコミを入れる。盗賊が苦笑いし、僕と魔法使いがくすくす笑う。
いつもの光景に、少しだけ緊張が解けた。
「それにしても、魔王の最期の言葉はやっぱり少し気になりますね」
「今度は君に託そう。世界の平和をってやつか?」
「そういや、そんなこと言ってたな。魔王の口から世界平和なんて言葉が出てきたから、違和感しかなかったな」
「まあ、今更考えても仕方ないだろう。考えるにしても、この後だ。どうやら、準備が整ったみたいだ」
扉がコンコンと叩かれた後、ゆっくりと開いた。
「勇者様御一行、お願いいたします」
僕らは、僕を先頭に、魔法使い、盗賊、武闘家の順番で扉を出た。旅をしていた時は、ずっとこの形だった。この形が崩れる時は、誰かが戦闘不能になり、最後尾で棺桶に入っている時だけだ。
従者についていくと、やがて、玉座の間にたどり着いた。
中央に敷かれた赤い絨毯の両サイドには、甲冑を着た騎士たちが槍を手に整列している。さすがに威圧感がある。僕らはその間を胸を張って進んでいく。
正面に鎮座する王に近づく。王は柔和な表情を浮かべていた。
王は民に慕われていた。魔王の脅威が世界に迫っている中でも、臆することなく民を鼓舞し続けていた。
僕らは、王の前まで来ると、膝を着いて、頭を垂れた。
「王よ。ここに、魔王を討ち果たし、世界に平和をもたらしたことを報告いたします」
「御苦労様でしたね」
「もったいないお言葉」
「面を上げてください」
王からの言葉に、僕らは顔を上げた。
「汝らの働き、見事でした」
「ありがとうございます」
「あなた方の頑張りによって、世界はきっと平和になることでしょう」
「そのように、わたしたちも願っております」
ふと、王の表情に影が見えた。日でも陰ったか。しかし、窓から差し込む光に変化はないようだった。
「ところで、勇者に一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。なんでしょうか」
王は、鎖骨まで伸びている白髭をつかむようにして撫でた。
「この世界の平和のために最も必要なことは何だと考えますか?」
「平和のために必要なものですか」
「そうです。平和のために、最も、必要なものです」
唐突な質問だった。哲学的な話でもないだろう。下手な答えをすれば、首をはねられる、といったことでもないだろう。
素直に答えればいい。素直に……。
そこで気が付いた。平和のために最も必要なものってなんだ?
平和のために必要なものは、上げれば枚挙に暇がない。
例えば、食べ物だ。食べ物がなければ、それを巡って奪い合いが起こってしまう。結果として、争いが起こる。これでは平和にならない。
衣食住は基本としても、安全であったり、裕福さなど、その範囲は物だけにとどまらない。
そして、そのどれもが、平和のためには必要でも、最も必要かと問われると、平和のための一要素でしかない。
最も必要なものは何か。俺には正直、わからなかった。どうやら、それは魔法使いも、盗賊も、武闘家も同じようだった。
「……わかりません。必要なものは、たくさん思いつきますが」
「そうですか」
王が立ち上がり、右手を挙げた。
「それなら、わたしが直々に教えてあげましょう」
刹那、両サイドにいた甲冑が一斉に動き出した。手に持っていた槍が一斉に僕たちの方に肉薄した。少しでも動けば、皮膚が裂ける。
「……これは、どういった余興でしょうか?」
魔法使いにハンドサインを出し、脱出のための魔法を準備させる。
余興、と口にしたが、これが余興でないことは、明らかだった。向けられた槍からは殺意がにじみ出ている。
王を睨みつけた。一体、何の真似だ。実は僕らが倒すより前に魔王が王を支配しており、その隠された魔王が姿を見せたのか?
そんなことを考えてみたが、どうやら違うらしい。王は王だった。
「これは余興などではないことは、よくわかっていることでしょう。命を賭して戦ってきたのですから、その程度の区別はつくはずです」
「……それで、どういったつもりで、わたしたちに槍を向けているのでしょうか?」
「これが、先ほどの答えですよ」
「……説明を求めます」
王は仕方ないとでも言いたげな表情をした。
「世界の平和のためには、世界にとって共通の強大な敵が必要なのだ」
……なるほど。王の言いたいことは、何となくわかった。
「平和とはつまり、争いがない状態のことだとわたしは思っています。しかし、争いがない状態を作るのは非常に難しい。争いの種を全て無くすことは、事実上、不可能だと思うのです」
それには同意する。争いはどんな理由からでも発生する。歴史的に見ても、真っ当な理由もあるが、ただの勘違いであったり、横恋慕が原因だったりすることもある。
だから、王の言っていることは正しいといっても過言ではない。
「では、争いがない状態を作るにはどうしたらいいのか。それを考えた結果が、魔王を作りあげることでした。世界に共通の強大な敵を作り上げる。そうすることで、争いの種を無くすことはできなくても、争いの種を見て見ぬふりをすることができる」
「要するに、自分たちが抱える問題を、棚に上げるということですか」
「その通りです」
王の言いたいことは理解できる。強大な敵がいるなら、まずはその強大な敵を倒すことを真っ先に考えないといけない。つまり、いがみ合っている場合ではない。いがみ合っている間に、強大な敵に蹂躙されてしまっては、元も子もない。
だから、必然、自分たちの問題を棚上げにせざるを得ない。納得するしないの問題ではない。そうしなければいけない。
そうすると、世界からはいがみ合いが、一時的ではあるものの、無くなった状態となる。結果として、争いはなくなる。
言ってしまえば、仮初の平和が誕生する。
そこまで考えが及べば、王が何をしようとしているのかは、容易に想像がつく。
僕らは魔王を倒した。世界の共通の敵であった、魔王を倒してしまった。こうなれば、見て見ぬふりをされていた争いの種が芽吹き、争いが始まってしまう。仮初の平和が終わりを告げてしまう。
それでは、困る。王が困る。民が困る。世界が困る。
それならどうすればいいか。
答えは簡単だ。
もう一度、共通の強大な敵を作りあげればいい。
そして、それは僕らだ。
「……つまり、今度は僕らが魔王になる、ということですか」
「その通りです」
魔王が最後に残した言葉は、こういうことだったのか。ようやく腑に落ちた。
恐らく、僕らが倒した魔王は、元勇者だったのだろう。世界の平和のために、魔王という立場を受け入れたのだろう。
奥歯が削れる音がした。
俺たちは、こんな茶番のために命を懸けたのか。
……いや、そうじゃない。この茶番を、茶番と気づかせないためだけに、俺たちが生み出されたのか。
魔王を野放しにするわけにはいかない。自分たちで生み出した存在であっても、何もしなければ、王は非難される。それだけならいい。最終的にはどうして魔王に何もしないのか、という疑いを生むことになるだろう。
その疑いはやがて真実へと到達してしまう。
それは世界の平和のためには都合が悪い。
でも、王が勇者を選び、魔王討伐へと向かわせれば、何もしていないことにはならない。表向きは、魔王討伐に尽力していることになる。誰も、魔王の存在を疑わない。
「……民にはどう説明するつもりですか?」
僕らは世界を救った英雄だ。正当な扱いをしなければ、王が民から突き上げをくらう可能性が十分考えられる。
最も、こんな質問に意味がないことぐらいは承知している。こんな壮大な茶番を考え付く王なら、想定の範囲内だろう。
これはあくまでも魔法の準備のための時間稼ぎだ。まだ、魔法使いから合図がない。
「そんなことは造作もありません。あなた方が魔王に呪いでもかけられたことにすればいいだけのこと。魔王の死に際に放った呪いに掛かり、魔王に操られてしまい、世界を征服しようとしていることが判明した、などと流布すればよいでしょう」
やはり想定の範囲内か。一見すると、真偽のほどが怪しい話だが、この後、僕らはこの城から脱出する。弁明の機会も与えられないまま、逃走するしかない。
そうした後で、王は被害者面をして、僕らが反逆したことを流布すればいい。僕らが逃走したことで、王の話に裏付けができることになる。
なぜなら、何もやましいところがなければ、逃走する理由なんてないからだ。
民から見れば、王は民のために心を尽くしている人物であり、少なくとも、勇者を陥れる理由は見当たらないからだ。
最も、これを防ぐ方法はある。僕らが全員ここで死ぬことだ。
たが、それにどれほどの意味があるだろうか。そうしたところで、僕らの汚名は晴れるわけではない。魔王に操られていたから、やむを得ず手を下した、とでもいい話だ。
それに、世界に共通の強大な敵の存在は必ず作られる。つまり、僕らの代替えとなる人物が用意されるだけのことだ。それはいたずらに被害者を増やしてしまう。
……ここはひとまず退散する。それが、僕らが取るべき最善手だ。
ようやく、魔法使いから準備完了のハンドサインが出た。
僕らは立ち上がった。槍の先端が頬をかすめた。
「それでは、僕らはこれにて失礼いたします」
「そうですか。まあ、あなた方にはそうする以外に選択肢はないのですけど」
「また、お会いできることを楽しみにしていますよ」
「わたしは、お断りですけどね。せいぜい、自分の役割を果たしてください。これは世界の平和のためなのですから」
僕はそれには反応を示さなかった。
誰かの犠牲の上に平和があるのはそうかもしれない。
ただ、その犠牲を強いることは間違っている。
僕はそう思うから。
「魔法使い、頼む」
僕らは魔法使いの魔法によって、城から脱出した。
そして勇者は魔王となった。
~fin~
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