1人が本棚に入れています
本棚に追加
「早く死ねたらいいのに」と母が言う。
庭先に咲くポピーが、頷くように風に揺れる。
その言葉の重みを推し量ることもせず、私は答える。
「まだ、逝かないでよ」
母の意向に沿うよう強いられてきた人生。
人の手を借りずには生きられないほど、
年老いた今でも、それは続く。
私が欲しいものは、決して与えてくれなかったくせに
要らないものばかり、仰々しく押し付けてきては、
感謝の心が足りないと叱られた。
なら私も母の教え通り、
あなたにとって必要のないものを贈ろう。
「まだ、楽には逝かないでよ」
粗相の後始末の床に、そっと吐き捨てた言葉。
一人娘の手厚い介護は、近所でも折り紙付きだった。
母に一日でも長く生きてて欲しいと願うのは、
愛だろうか、憎しみだろうか。
それとも、私のエゴだろうか。
振り返ると、耳が遠いはずの母が、
恐ろしい形相でじっと私を見つめていた。
最初のコメントを投稿しよう!