・小説スケッチ②

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 後部座席から見る運転席の窓に、半分の薄さになった運転手の影。ミラーには八分の一になった運転手の顔。ドミノピザ前を通過する深夜2時のドライブは少し肌寒いまま。黒い緞帳の降りた舞台の上では、本当は緑なのだという青い信号だけが光っては消えていた。  赤、を見つけて心躍らせるほどの退屈。夜は退屈なら退屈なだけいい。隣に停めてきた赤い車の中も退屈そうに運転手がハンドルと一緒に2時3分を握りしめていた。  オレンジの街頭は、そうでない色よりもやさしいのか。真っ白に眩しく照らすそれはやさしくないのか。この時間も生活を掻き回すコインランドリーの前を通るその瞬間、他人の生活の香りが車内に充満する。そんなわけが無い、のに。  ピッ、と鳴るETCの音が高速への入り口、そして合図。時折、通り過ぎる非常電話の使い時を考えて、いつかの為の心臓マッサージの手順を思い返したりする。使う時が来ないといい。追い越す車の中はそれぞれに退屈を助手席に載せていた。長距離運転のトラックの荷台にはどれだけの退屈が載っているだろうか。だが、追い越したトラックの荷台の中にはパンが詰まっていることを私は知っている。退屈と、パン。いい組み合わせ。退屈は自由だから。退屈は何とだって相性がいい。そう思うと、退屈が一番自由じゃないか。  道を示す緑の看板。矢印の示す場所にもし「田中んち」があったら行くかな。徒歩なら行くけど、敢えて車では行かないかな。田中んちはチャリか徒歩が良さそうじゃん。  流れる流れる街、町、待ち。そう、私は着くのを待っている。ドライブしながら家に着くのを待っている。家に帰ったらまず靴を脱いで深呼吸をして、肺から、とうに無くなっていた家の空気をたんまりと吸い込む。そうしてようやくこの家の住人になれる。あんまり家を空けると他人になってしまいそうだから外出はほどほどがいい。疲れるだけでなく、他人となってぷかぷかと街に浮いてしまいそうで怖いから。  カーブする高速のこの丸みに沿って寝てみたらどうだろう。私はいつも背を丸めて眠るから、きっと落ち着くんじゃないだろうか。明るくても眠れる人間だから、高速道路のオレンジのひかりは気にならない。トンネルの中は怖いからやめておこう。緩やかなカーブの端っこで、夜を抱えて眠ってみたい。  たまに、高速から森が見えたりする。いや、森なのかどうか分からないけれど、草や木々が見えたりする。そこにはなにか大きなものを感じて少し怖い。中身の分からないもの、知ることができないもの、こと、あまりに大きなもの。それらは全て怖い。宇宙も、海も。だからあまりに寛大な人っていうのは怖いんだ。端っこがないから。探りきれない。分からない。  昔、ディズニーランドに行った帰りに乗った高速で泣いたことがある。悲しくてじゃない。今がとても楽しくて、だった。楽しかった数時間前よりも何故か帰り道の暗くて明るい高速道路の方が心を震わせた。だから泣いた。不思議だった。今でもそういうことはよくある。映画の最中ではなく、帰りの電車で泣いてみたり、食べた数時間あとに、ぎゅう、と心が揺れたりする。不思議だ。遅延するのかな、大きな感情ってのは。やっぱり大きなものってのはおそろしい。分からないことばかりだ。  そろそろ家に着く。気まぐれに連れ出してもらったドライブももう終わる。深夜の街は思いのほか静かで、思いのほか五月蝿い。    帰ろう、家に。スケッチは終わりだ。
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