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「シオン! 私を魔女のところへ行かせて!!」
扉の隙間から、アスカは精一杯大きな声で叫んだ。予想外の指示に、シオンが目を見開く。
「私、母さんのこと何も知らない! だから……今から知りに行きたいの!」
心臓が早鐘のように脈を打つ。手が震え、足がすくみ、大声で泣き出したくなる。
それでも、行かなければ。
臆病で、逃げてばかりの自分を変えなければ、一人で飛び立つことなど出来はしないのだから。
魔女の両手から、巨大な火球が放たれる。辺りを赤く染め上げ、空気を熱しながら、シオンの背後に迫ってくるーー
シオンは振り向きざまに大剣を払い、火球を吹き飛ばした。火球が真っ二つに割れ、うねりながら消滅する。大剣を真横に振りかぶったまま、シオンがゆっくりと振り返った。
活力に満ちた笑みを浮かべ、シオンは力強く頷く。
「走れ!!」
シオンが叫び、アスカは駆け出す。火球が飛んでくる。シオンが薙ぎ払う。服の袖が黒く焦げていた。
「僕に構うな! 止まらず真っ直ぐ走るんだ!!」
アスカは走る。視界の中で、外で、何度も火花が弾け、閃光が飛び、炎が揺らめいた。それでも決して振り返らず、アスカは息を切らしつつも走り続ける。
魔女の体が、目の前に迫る。アスカは地面を強く蹴って、鋼鉄の体に手を伸ばしーー
「うっ!?」
指先に電流が流れ、アスカは思わず手を引いた。針の束で強く刺されたように痛む手を押さえ、思わず一歩後ずさる。指先が意思に反してピクピクと痙攣し、言うことを聞かない。
魔女の頭が、アスカを見下ろす。無感情な瞳が輝きを増し、辺りの空気が熱を帯びる。
「アスカ、逃げろ!!」
シオンが叫び地面を蹴る。魔女の攻撃に晒される恐怖に、アスカの足が竦む。
だが、アスカは耐えた。唇を噛み、涙が滲む目を大きく見開き、首元のペンダントを強く握って、強く願う。
「あ……」
掲げたアスカの手から、小さな光が宿るのをシオンは見た。
光が、形を変えていく。緩やかな曲線を描くシルエットが二つに分かれ、アスカの頭上でくるりと回転した。
二つの光を、アスカは掴む。そして――
「っらあああぁ!!」
腹の底から大声を絞り出し、アスカは勢いよく両腕を振り下ろした。
光に包まれていたものが、徐々に姿を現していく。
アスカの手に握られていたのは、深紅の刃を持つ美しい二振りの短剣だった。
シオンの大剣すらも弾いた装甲を、アスカは易々と切り裂いていく。裂け目はどんどん広がっていき、人一人が入り込めそうなほど大きくなっていく。
その中に、アスカは意を決して飛び込んだ。
息が苦しくなるほどの熱気に、アスカの全身から汗が噴き出す。複雑に絡み合ったコードを手で払い、アスカはより内側へと潜り込んでいく。
やがてアスカの目に、無骨な赤い石が飛び込んできた。鉄の茨のようなものが強く食い込んでおり、耳を澄ませば微かに泣き声のような音が聞こえてくる。
母の心だ、とアスカは直感した。
腕を伸ばし、石を掴む。眩い光が溢れ出して視界を覆い、手のひらが針山を掴んだかのようにズキズキと痛む。
だが、アスカも負けてはいない。
歯を食いしばり、ありったけの力を込める。石に絡みついていた茨が千切れ、付近にあった管が破裂し、手に生温い液体がかかる。
石を抱き寄せると、視界が光に覆われ始めた。あらゆる音が意識の外に流されていき、アスカは目を閉じて意識を集中させる。
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてくる。声は少しずつ近づいてきて、蚊の鳴くような声から徐々に意味のある言葉に変わっていき――
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