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途切れた意識が戻ったとき、アスカは見覚えのある建物の前に立っていた。シオンと別れる直前にいた、あの場所に。
「ほ、本当に来ちゃった……」
まさか再びこの場所に来ると思っていなかったアスカは、驚きと共に湧き上がる喜びを感じていた。シオンの姿を探したが、付近に人影は見当たらない。
「いないのかな……?」
心細さを抱きつつも、アスカは再び店内を覗き込む。たくさんの服や装飾品が綺麗に並べられているが、店員らしき姿はどこにもない。
「中、入っても大丈夫かな?」
いつ目を覚ましてしまうか分からないと思うと、少し気持ちが焦ってくる。
ガラス戸の取っ手を掴んで少し体重をかけると、扉は思っていたよりもすんなり開いた。どこから漂ってくるのか、甘い花の香りが心地いい。
「ごめんくださーい」
控えめなアスカの声が、小ぢんまりとした店内に響いて溶ける。返事もなければ物音もしないが、不思議と不気味さは感じない。
「……あ」
店内の角に設置された試着室を前に、アスカは足を止めた。正面の鏡に、パジャマ姿のアスカのアスカが映り込む。
その左側の壁に、あの服が掛かっているのを見つけた。
鼓動が早まるのを感じて、アスカは思わず胸に手を当てた。深い息を一つ吐き出し、意を決して試着室の中に足を踏み入れた。
カーテンを閉める手が震える。もう一度心を落ち着けて、力の入らない手を懸命に動かしパジャマの裾を持ち上げる。
何度も、何度も母の顔が脳裏を過ぎる。そのたびに心臓を握り潰されるような感覚に襲われたが、必死に振り払って少しずつ着替えを進めていく。
大丈夫だと呪文のように言い聞かせながら、アスカは憧れの服へ遂に袖を通した。視界が慣れない色に染め上げられ、布越しに届く光の眩しさに目を瞑る。
最後にスカートを履き終えると、アスカは詰めていた息を一気に吐き出し目を開けた。
鏡の中に、今までとは明らかに違う色に包まれた自分が映る。
真っ白なフリルが首周りをふわりと覆い、淡いピンク色がアスカの身体を優しく包み込んでいる。スカートから伸びる足がむき出しになっているせいか、少し動いただけで空気の流れを感じて不思議な心地になる。
アスカは思わず顔をほころばせた。気分が高揚し、その場でくるりと回転する。鼻歌を歌いたくなったが、流行りの歌をあまり知らないことを思い出す。
「……何やってんだろ」
柄にもなく浮き足立った自分に呆れ、アスカは吐き捨てた。急に恥ずかしさがこみあげてきて、途端に自分の姿を見るのが辛くなる。
シオンに見つかる前に、着替えなければ。そう思って、服を脱ごうとした瞬間。
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