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「じゃあ、自己紹介も終わったことだし、そろそろ行こうか」
「行くって、どこに?」
「せっかくだから、皆で街を回って遊んだりするのもいいかと思ったんだけど……迷惑だった?」
「え……」
自分には縁がない世界だと思っていたのに、急に目の前へ現れてアスカは戸惑った。
家族以外と出掛けたことなど、アスカには一度もない。
クラスメイトたちが休日に隣町へ遊びに行くと話していたのを、何度か聞いたことはあった。だけどそれはアスカにとっては縁のない世界で、自分がそのようなことをする日が来るとは考えたことがなかった。
だが、今は両親がいないし、お金の心配もない……。しばらく考えて、アスカは意を決して口を開く。
「迷惑じゃない。私、みんなと街を回りたい」
心臓が強く胸を打つ。じわりと不安が滲むが、顔を上げればシオンたちがアスカに優しい笑顔を向けていた。
「そうだ。せっかくだから、僕たちの服もアスカに選んで貰わない?」
シオンに手を引かれ試着室を出たアスカは、クレイの言葉にどきりと身を固くする。
「そ、そんなこと言われても困るよ。私、自分の服だって選んだことないのに……」
「でも、その服は自分で選んだんだろ?」
シオンはアスカの服を指で示した。アスカは身にまとったばかりの服へ目を落とし、スカートの端を指でつまむ。
「これは、選んだっていうか……」
続く言葉が見つからず、アスカはもごもごと口を動かす。
アスカは今まで、母が勝手に選んできた服しか着たことがない。それを踏まえればシオンの言うとおり、この服はアスカが自分で選んだと言えなくもない。
だが、自分以外の人の服なんて、選んだことはおろか考えたことすらない。体格も年齢も違う三人をコーディネートするなど、あまりにもハードルが高すぎる。とはいえ、やってみたいという気持ちも少なからずあり……。
「アクセサリーくらい、なら」
しばらく悩んだ後、アスカは躊躇いがちに口を開いた。
「服は難しいと思うけど、小物を一つ選ぶくらいなら出来る……かもしれないし」
言葉にするほど、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
きっと普通の子たちなら、何のためらいもなく服を選ぶことができるはずだ……。そう思うと、怖くてシオンたちの顔を見ることができない。
「私は良いと思いますよ。小物一つでも、気分は変わるものだと聞いていますから」
最初に答えを口にしたのはミルだった。落ち着いた優しい声色に、アスカの緊張が少し和らぐ。
「へぇ、そういうもんか。なら俺も賛成。お近づきの印ってことで、宝物にできそうだしな」
「宝物か……いいねそれ。僕、大事にするよ」
「ちょ、そんな風に言われるとプレッシャーが……!」
意見がまとまったことに安心して、アスカは思わず笑顔を浮かべた。自分の意見をすんなりと受け入れてくれたことを嬉しく思いながら、頭の中では既にどんな品を選ぼうか考えを巡らせていた。
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