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「……嘘」
みんな、一瞬で。
アスカは呆然と立ち尽くし、倒れた友人たちを目で追った。
何が起きたのか理解できない。ただ一つ理解できるのは、ほんの少し前まで共に街を巡り、笑い合っていた三人が、倒れ伏したまま動かないことだけ。その事実が、アスカの体を強い恐怖で強張らせる。
黒服の首がぐらりと傾く。仮面の奥にあるであろう目がアスカの視線と重なり、アスカは首を掴まれたように息を詰まらせる。
「嫌……」
アスカは棒のように固まった足を懸命に動かし後ずさった。必死に逃げようとするアスカをあざ笑うように、黒服は一歩また一歩と近づいてくる。
もう片方の足を後ろに引いた瞬間、アスカは足がもつれて尻餅をついた。硬い石畳に体を打ち付け、鈍い痛みが全身を駆ける。痛みに耐えつつも立ち上がろうとするが、恐怖で固くなった体はなかなか言うことを聞いてくれない。そうしている間にも、黒服はじりじりと距離を縮めてくる。
「来ないで……来ないでよ……」
アスカは泣きそうな声で懇願するが、黒服は止まる素振りすら見せない。少しずつ確実に、アスカの目の前へと迫ってくる。
やがて革の手袋に覆われた手が、アスカの方へゆっくりと伸ばされ――
「来ないでってばぁ!!」
我を忘れたアスカは、今まで出したことがないほどの大声で叫んだ。喉の奥と胸が鋭く痛んで熱を帯びる。頭がキリキリと痛み、視界が赤みを帯びていく――
「え……」
アスカは目を丸くし、恐る恐る顔を上げた。
黒服が、顔を押さえて俯いている。指の隙間からは細く白い煙が立ち上り、微かに焦げた臭いもする。
一体、何が起きたのか。
黒服がよろめきつつも体勢を立て直し、顔を押さえたままアスカを見た。仮面に隠された顔からは、表情を読み取ることなどできはしない。だがその様子は、明らかに先程とは違って見える。
まるで、何かに驚いているかのようだと思った瞬間、アスカは空気がぶるりと震えるのを肌で感じた。その直後――
「ゥヴォアァァガァァァァァゥッ!!」
おぞましい叫びが全ての音を呑み込み、空気を暴力的に震わせた。金属をこすり合わせたような音、どす黒い感情の渦、怒り、嘆き、憎しみ……。ありとあらゆるものが雑多に入り混じり、アスカの全身を容赦なく揺さぶっていく。
「っ! 何、これ……!? あぁ……!!」
アスカは耳を塞ぎうずくまる。体を内側からズタズタに引き裂かれるような心地がし、頭が割れそうなほど激しく痛む。
「シオン……みん、な……」
意識が遠のき、アスカは地面に倒れ伏した。壊れた建造物の隙間から見えた空が、血のように赤黒く染まっていた。
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