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第二章 壊れた世界と紅き力
「……カ。……アスカ!」
どこからか、自分を呼ぶ声がする。
目を開けたアスカの視界に、見慣れた天井が映る。自分の部屋だとすぐに理解したアスカは、記憶を辿りながら激しく脈打つ胸に手を当てる。
そうだ、あれは夢。目が覚めれば、元の日常に戻される。でも……。
「良かった、目が覚めたんだね」
視界の端から、シオンが顔を出す。無事だったことに安堵しかけて、今いるのが現実であることに気づきーー
「……何で私の部屋にいるの!?」
夢の世界にいるはずのシオンが、どうして現実世界にいるのか。少し困った表情のシオンを問い詰めようとした瞬間、ドアが開いてクレイとミルが部屋に入ってきた。
「今までの逆で、俺たちが現実に流れついたってとこだろ。……何せ、夢の世界が消えちまったんだからな」
「え……?」
クレイの言葉をすぐに呑み込めず、アスカは呆然と彼の顔を見上げる。
消えた。夢の世界が。少し前にシオンたちと過ごした、自分の思うままに振る舞えるあの場所が。
「どういう、こと? まさか……」
「あいつらの仕業だ。巨大な鋼の人形と、黒服の男……。あいつらによって、壊されたんだ」
静かな部屋に、シオンが拳を固く握る音がやけに大きく聞こえた。
「まだひと欠片くらいはかろうじて残ってるけどな。ただ、そのひと欠片がどういうわけかこっち側……つまり現実とくっついちまったらしくてな。俺たちがこっち側に来たのも、その影響らしい」
「そんな……じゃあ、あの街も……」
アスカは俯き声を震わせる。
ほんの少し前まで楽しく過ごしていた、美しい街並みの記憶が蘇る。一日で回りきれないほどのおしゃれな店、白い壁を彩るカラフルな花、美味しいお菓子や飲み物を口にしながら、みんなと穏やかな時間を過ごした広場。
それらが全て壊され、なくなってしまった。
受け入れたくはない。だが、魔女が街を壊していく光景はアスカの記憶にもしっかりと焼き付いている。
「ところでアスカ、家族は一緒に住んでないのか?」
「え……?」
アスカは顔を上げ、赤くなった両目を手で拭う。
「私達、先ほどまで家の中を調べていたんです。あなた以外の人がいた痕跡はありましたが、姿がどこにも見えなくて……」
「そんなはずないよ。この時間なら二人とも寝てるはず」
前のめりになったアスカを見ながら、クレイは首を小さく横に振った。
「ベッドには誰もいなかった。部屋という部屋は残らず調べたが、お前以外は誰もいなかったぞ」
頭の中が、徐々に異常事態を感じ取っていく。
両親が、いない。
アスカは部屋を飛び出し駆け出す。何度か壁にぶつかりそうになりつつも、普段なら避けている両親の部屋へと向かう。
扉の前に立ったアスカは深呼吸をし、ノックをしてから中に入った。
部屋の電気は消えており、しんと静まり返っていた。ベッドは整えられていて、掛け布団がきれいに畳まれている。普段からこうなのか、それとも違うのかアスカには分からなかった。
アスカは誰もいない部屋を見つめ立ち尽くした。親が消えたという事実が、心をざわつかせ不安にする
「外を探してみるよ。まだ近くにいるかもしれない」
後ろをついてきていたシオンが、玄関へと駆け出していく。
足音が遠ざかっていく中、アスカの頭を様々な考えが駆け巡った。
家族の失踪という異常事態に、当然ながら不安は感じている。
だが、それだけではない。
--このまま帰ってこなければ、もう両親に怯えて暮らさなくていいのでは、と。
時間が経つにつれ、暗い期待が心に滲んで広がっていく。布に垂らされた墨汁のように、じわりじわりと広がっていく。
(……私、何てこと考えてるの!?)
胸を押さえて息を乱し、アスカは首を激しく振る。
親がいなくなることを望むなんて、子どもの考えることじゃない。自分の心が恐ろしくなって、アスカは部屋へと駆け出していく。
結局、夜が明けても両親は帰ってこなかった。
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