9人が本棚に入れています
本棚に追加
心の味は
「なあ、今日の晩飯、外へ食いに行かね?」
共に暮らすようになって一ヶ月ほど経った、休日の昼過ぎ。すっかりアスカの家に馴染んだらしいクレイは、ごく普通の若者のような軽いノリでそう言った。
「騎士は食べなくても平気なんじゃないの?」
リビングで宿題のプリントと格闘していたアスカが指摘すると、クレイはむすっとした顔になった。騎士は食事や睡眠を摂らずとも活動できることは、一緒に暮らし始めた日に聞かされている。
「腹は減らねーけど、うまいもんは食いたいの!」
「またこの人は妙なことを……」
「あはは。外食かぁ……最後に行ったのいつだったかな」
額に手を当て呆れるミルに苦笑しつつ、アスカは何気なく呟いた。
両親は何度か外食に連れて行ってくれたことはあるが、楽しいと思った記憶はあまりない。食べたいと思った料理が他より少し高めだったりすると、母には嫌な顔をされ、父は他のものにするよう促してきた。結局いつも両親が決めたものしか食べられず、アスカは次第に両親との外食を億劫に感じて避けるようになってしまっていた。
(みんなと一緒なら、食べたいものを食べられるかな? でも……)
アスカはシャーペンを持つ手を止める。自由に食べるものを選べたとしても、ここは夢の世界ではない。美味しいものを食べるなら、相応のお金が必要なのだ。両親が失踪した今は、バイトを始めたというクレイのおかげで何とか生活できてはいるが……。
「よし、そうと決まればすぐに出発だ!」
「まだ決まってないし、夕飯には早すぎない?」
子どものようにはしゃぐクレイに、シオンが冷静な突っ込みを入れた。
こうして外食に行くことが決まり、アスカたちは日が暮れるのを待ってから家を出て街へと向かった。
家を出る前にアスカはお金の心配を口にしたが、クレイに「大丈夫」とやたら元気よく断言されてしまった。何が大丈夫なのかと余計に不安になったが、アスカは色々と訊くのも諦めてクレイのあとをついていくことにした。
最初のコメントを投稿しよう!