心の味は

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 クレイの案内で十分ほど歩くと、古ぼけたコンクリートの建物に挟まれて、比較的新しい外観の店が目の前に現れた。白い壁に黒い窓枠がアクセントになっていて、ガラス張りのドアには、手書き風の白い文字で「City Forest MIKI」と書かれていた。  「ちーっす! しゅっちーいる?」  躊躇なく扉を開けたクレイの声が店内に響く。アスカが慌てて止めようとすると、厨房から一人の青年が姿を現した。ハリネズミのように逆立った髪が印象的で、白いTシャツの上に黒いエプロンを身に着けている。  「いるよ。ていうか、しゅっちーって何?」  「今思いついたあだ名。結構よくない?」  にかっと笑うクレイに向けて、しゅっちーと呼ばれた青年は呆れた様子でため息をつく。  「よくないし、センスもねぇな」  「えぇー? いいじゃん、なんか雰囲気とばっちり合っててさ」  「それ絶対褒めてねぇだろ」  口では何かと言いつつも、青年はクレイをカウンター席へと誘導する。アスカたちが戸惑っていると、クレイは手招きしてアスカたちを座らせた。  「こんなお店、出来てたんだ……」  アスカはぽつりと呟き、店内を見回す。木目調の壁やテーブルが電球色に照らされて、温かな雰囲気を醸し出している、  「半年前にオープンしたとこ。自分で言うのもなんだけど、滑り出しはまあまあ順調だな」  青年はクレイと話していたときとは打って変わって、気さくな笑顔をアスカに向けた。  「で、俺は店主の幹坂駿(みきさかしゅん)。君らのことは、こいつから聞いてるよ。ささっと作っちまうから、少しだけ待っててくれ」  駿はそう言って踵を返し、厨房へと姿を消した。程なくして何かを焼く音や、金属を打ち鳴らす音が聞こえてくる。  「なるほど、これがプロの料理ですか……」  姿勢良く座り静かにしていたミルが、厨房を覗き込みながら小さな声で呟いた。アスカがちらりと顔を見ると、心なしか目が輝いているように見える。  「ほい、お待たせ! 一応試作品だから、食ったら感想聞かせてくれよ」  弾むような声で言いながら、駿は大きな皿をアスカたちの前に一つずつ置いた。  「わ、美味しそう……!」  真っ白な皿に盛られたオムライスを見て、アスカは思わず感嘆の声を漏らす。  ケチャップライスを覆い隠す玉子は見事なまでの半熟具合で、照明の光を反射して輝いているように見える。デミグラスソースの上ではクリームが白い線を描き、細かく刻まれたパセリが彩りを添えている。ほのかに漂うバターの香りも相まって、アスカのお腹がぐぅと鳴る。
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