心の味は

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 水曜の夕方、アスカは学校から帰ると、すぐに近所のスーパーへと向かった。  入口の前に立っていた駿が、大きく手を振ってアスカを出迎える。ライトグレーのシャツにジーパンというラフな格好の駿は、最初に会った時よりも少し親しみやすい雰囲気を放っていた。  「結局、全員集まっちまったな……」  駿が苦笑いを浮かべこめかみを掻く。初めはクレイだけがついてくる予定だったのだが、約束の日が近づくにつれて、シオンもミルも料理というものへの興味が抑えられなくなってしまったらしい。  特に意外だったのは、ミルが料理に挑戦してみたいと言い出したことだった。どうやら駿のオムライスが想像以上に美味しかったらしく、自分でもあのような料理を作れるようになりたいと思ったらしい。  「ところで、アスカちゃんはどんなもの作りたいんだ?」  駿に尋ねられ、アスカは困った顔を浮かべた。  「それが、結局決められなくて……」  「俺は食えれば何でもいいぞ」  「そういうのが一番困るんだよ」  陽気に振る舞うクレイに、駿がぴしゃりと言い放った。  「僕は、アスカの好きなものがいいって言ったんだけど……あんまり浮かばなかったみたいなんだ」  シオンが少し困ったような笑みを浮かべ、アスカは申し訳ない気持ちを抱きつつ俯いた。  どんな料理があるのか分からないから、アスカが一番好きな料理を作って欲しい。  シオンにはそう言われたのだが、アスカは自分の好きな食べ物がよく分からなかったのだ。思い浮かぶものはいくつもあるのだが、どれも大好物というほどではない。  (昔は、色々あったと思うんだけどな……)  アスカは幼い頃の記憶を辿った。家で食べていたものといえばご飯と味噌汁、野菜炒めなどのよくあるメニューばかりで、どれも好物とは程遠い。園児だった頃のおやつや、学校給食にも幅を広げ、なんとか好きなものを見つけようと懸命に記憶を呼び起こす。  「なあ、アスカちゃん」  駿に呼ばれて、アスカは顔を上げる。穏やかに微笑む顔が、照明に照らされて浮かび上がる。  「難しく考える必要はないんだよ。一人で決められないなら、みんなと一緒に考えりゃいい」  力強くも優しく語る駿の隣で、クレイがうんうんと頷いていた。白い照明の光を帯びた二人の目が真っ直ぐにアスカを見つめていて、自分の心を見透かされているような気分になってくる。  アスカは二人を交互に見上げ、こくんと小さく頷いた。  「よし、まずは肉か魚かはっきりさせよう。アスカちゃんはどっちがいい?」  パンと一つ手を叩いて、駿は全員をぐるりと見回す。アスカはどこか寂しい心地のするお腹に手を当て、どちらを食べたいと思うか考えた。  「その……私、お肉がいい、かも」  正直な気持ちを恐る恐る口にすると、シオンがにこりと笑って頷いた。  「アスカが望むなら、僕もそれがいいな」  「少し欲を言えば、一般家庭で食べられているものがいいですね。駿さんの作るような料理も素晴らしいですが、こちらの世界で普段どのようなものが食されているのか気になります」  「俺も!」  ミルの提案にクレイが賛同したとき、アスカの頭に一つの料理が浮かび上がった。最後に食べたのはいつだったか思い出せないが、初めて食べたときはひどく心が震えた気がしてくる。  「じゃあ、ハンバーグとか……どうかな?」  アスカが控えめに提案すると、駿は目を細めて笑みを浮かべた。楽しげな雰囲気の中に、少しだけ安堵も混じっているような気がした。  「おお、いいなそれ。じゃ、ハンバーグに決定な」  駿が手を叩くと、それに応じてクレイも拳を頭上に突き上げた。  「りょーかい! ……ところでそれどんな料理?」  気の抜けたクレイの言葉に、駿はがくんと体を揺らした。
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