心の味は

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 材料を買い揃えて帰宅すると、アスカは早速駿と共に台所へと立った。  駿に借りた派手めのバッグからひき肉や玉ねぎを取り出し、卵やパン粉といった元々家にあったものと一緒にテーブルへ並べていく。  その様子をシオンたちが背後から静かに眺められていることに気づき、アスカは戸惑いつつも苦笑する。  「お前ら、ちょっと引っ込んでろよ。アスカちゃんが無駄に緊張しちまうだろうが」  「だって、どの食材も写真と全然違うだろ? これがどうやったらああなるのか、すっげえ気になるんだもん」  「その、私も。すみません……」  申し訳なさそうに手を挙げたミルの隣で、シオンも大きく頷く。買い物の前に駿がハンバーグの写真を見せたのだが、肉の色など材料の見た目が違うためあまり結びつかないらしい。  「全くこいつらは……。ま、とりあえず始めちまうか。ところで、アスカちゃんはどこまで作り方知ってるんだ?」  「えっと……」  アスカはおぼろげな記憶を辿る。家で作ったことはないが、家庭科の教科書に載っていたレシピを好奇心から何度も読んでイメージしていた。  「まずは、玉ねぎをみじん切りにして……あ、炒めると美味しくなるんでしたっけ?」  「そうそう。よく知ってるな」  駿に褒められ、アスカの心に温かいものが微かに湧き上がる。少し恥ずかしくもあったが、褒められたことなどほとんどないアスカにとっては嬉しさのほうが勝っていた。  玉ねぎの皮を剥いてみじん切りにし、油を引いたフライパンで炒めていく。ツンとした臭いのせいで涙が出たりもしたが、駿に助けられつつなんとか作業を進めていく。  「おお、色が変わった!?」  「いい匂いもしてきたね」  背後にいるシオンたちの声を聞きながら、アスカはひき肉をいれたボウルの中に次々と材料を入れていった。牛乳に浸したパン粉、スパイス、粗熱を取った玉ねぎを入れたところで、駿が小さな器に卵を割り入れてからボウルに入れる。  駿に促され、アスカはボウルの中に手を入れ混ぜ始めた。買ってきたばかりで凍ってはいないが、それでも混ぜ続けていると手が冷たくなってくる。だが、今のアスカにとってはそれすらも嬉しく感じられた。  「じゃ、あとは成形して……」  タネを五等分して丸め、両手の平へ交互に打ちつけて成形する。「これなら出来そうです」とミルが作業に加わり、クレイとシオンも参加したために自分のハンバーグは自分で作る形になった。  中央を窪ませて熱したフライパンの上に置くと、食欲をそそる心地よい音がリビングを満たした。アスカの後ろから、小さな感嘆の声が重なって聞こえてくる。  「……ひっくり返してみてもいいですか?」  「もちろん」  駿からフライ返しを受け取り、アスカはハンバーグとフライパンの間にそっと差し込んだ。  静まり返った空間に、肉の焼ける音だけが響いている。アスカは静かに呼吸を整え、意を決して手首を捻った。  「あ……」  肉の塊はフライパンに接した瞬間、端に亀裂が走って欠けてしまった。ここまで順調だっただけに、高揚していたアスカの心が瞬く間にしぼんでいく。  (やっぱり、駿さんに任せたほうがよかったかも……)  プロがいるのだから、出しゃばるべきではなかったかもしれない……。そう思っていると、駿がアスカの肩にぽんと手を置いた。  「この前も言ったろ? 大事なのは気持ちだ。形なんてどうでもいい」  駿はにっこりと微笑んで、残ったハンバーグたちに目をやった。  「そうそう。俺言ったろ? 食えれば何でもいいって」  「お前はちょっと黙ってろ」  駿の手がアスカから離れていく。アスカはごくりと唾を呑み込んで、残りのハンバーグを全てひっくり返していった。やはりいくつか形が崩れてしまったが、最初に失敗したときほど嫌な気持ちにはならず、むしろやりきったという清々しさが心を満たしていた。  「どう……ですか?」  ひとつ息を吐いて、アスカは駿を見上げる。  「初めてにしちゃ上出来だよ。お疲れさん」  温かい駿の言葉が、アスカの心をじわりと包み込んでいった。
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