心の味は

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 あらかじめ炊いておいた白米と、駿が作ってくれた味噌汁を食卓に並べる。食器は三人分しかなかったため、足りない分は食材を買うついでに100円ショップで買い揃えてあった。  シオンたちが箸を使えるのか心配だったが、問題ないというシオンたちの言葉を信じて人数分購入した。彼ら曰く「なんとなく分かる気がする」らしいが、詳しいことを訊いても理解出来なさそうという理由でアスカはそれ以上何も言わなかった。  ハンバーグを盛った大皿には駿の手でレタスやミニトマトが添えられ、焼いた後の油を利用したソースもかけられた。照りのある濃厚な色味のおかげでぐっと華やかな印象に仕上がり、アスカは密かに高揚感に浸っていた。  「いただきまーす」  全員で手を合わせてから、ハンバーグを口に運ぶ。急に静かになったことにアスカは少し緊張しつつ、初めて作ったハンバーグの味を確かめた。  「……おいしい」  最初に口を開いたのはシオンだった。ふわりと吐いた息に混じった声には、確かな喜びが宿っていた。  「駿さんの料理もすごく美味しかったけど……アスカのだって負けてないよ」  「そ、それはさすがに言い過ぎじゃない?」  駿が怒るのではとアスカは思ったが、当の駿は心から楽しそうに笑っていた。  「でも、本当にとても美味しいです」  二口目を上品に頬張りながら、ミルは横目で無言で食べ続けるクレイに目線を送る。無言で次々と箸を進めていくクレイを見ながら、アスカは彼が美味しいと無口になるタイプなのだろうと思った。  「正直、いきなりハンバーグは難しいかと思ったんだが……アスカちゃん、料理の才能あるかもな」  「そ、そんなこと……!」  「自分の可能性なんて、やってみないと分かんないもんだぞ。俺なんて、最初は卵焼きすらまともに作れなかったしな」  「え……?」  アスカは持っていた味噌汁の椀をテーブルに置いた。ちょうどよい味噌味の中にしっかりと出汁を感じる、素朴ながらも上質な味だと思っていたところだった。  「俺、小さい頃から晩飯作ってる母さんの姿を見るのが好きでさ。小学校に入ってしばらく経ったときに、初めて卵焼きを作ってみたんだ。……それがあんま上手くいかなくて、ただ溶いた卵を焼いただけって感じになっちまって。おまけに塩を入れすぎてしょっぱくなるし、殻は入ってるしでもう散々だった」  懐かしそうに目を細めながら、駿はお茶を一口啜った。仕事にできるほどの腕を持つ駿に、そんな時があったことをアスカは意外に思った。  「そんなんだったのに、母さんも親父も大げさなくらいべた褒めしてくれたんだよ。美味しい、美味しいって言って、残さず全部食べてくれて。俺、それがすっげぇ嬉しくてさ。そっから母さんの手伝いも兼ねて、ちょくちょく料理をするようになったんだよ」  不意に両親の話題が出て、アスカの心がちくりと痛む。同じ父と母なのに、子が台所に立つことに対する反応が真逆なのはどうしてだろうと考えてしまう。    「後で知ったんだが、自分の面倒は最低限自分で見れるようにするってのが両親の教育方針だったらしいな。店を持つって言ったときも、二人して背中を押してくれたし……いつかは俺の店に呼んで、料理を食べて貰いたいよ」  「素敵なご両親ですね」  微笑むミルの優しい声が、アスカにはひりひりと痛く感じる。事情を話していないのだから悪意があるわけではない、と理解していても辛い気持ちは拭えなかった。
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