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立ち去る少女--北村紗理奈の背中を見つめながら、アスカは深いため息をついた。
人の顔や名前を覚えることが苦手なアスカでも、彼女のことはよく知っている。
中学二年生とは思えないほど堂々とした学年一位の秀才で、運動神経も抜群。おまけに容姿端麗で、規律もしっかりと守る姿から生徒だけでなく先生からも信頼されている。
紗理奈は、何もかもがアスカと真逆だった。
アスカの成績は、お世辞にも良いとは言えない。運動などもってのほかだし、提出物を忘れたのも今日が初めてではない。
何でもそつなくこなせる紗理奈からすれば、アスカは見ているだけでストレスの溜まる存在なのだろう。
ひょっとしたら、母も同じ気持ちなのかもしれないとアスカは思った。
母が怒っていない顔を、アスカは長いこと見ていない。その原因が自分にあるのだと知ったのは、アスカが小学生の頃に行われた三者面談のときだった。
「希香さん、お昼休みにはいつも本を読んでるんですよ。他の生徒たちはみんな外へ飛び出していくのに、一人だけ教室に残ってしまって。子どもなんだから、みんなと仲良く遊んで欲しいと思っているんですけどねぇ」
困ったように微笑む担任も、わなわなと震えだす母もアスカには怖くて仕方がなかった。
その日の夜、アスカは母にひどく怒られた。前々から自分が「子どもらしくない」と言われていたことを、アスカはこの時初めて知った。
ひどいことを、たくさん言われた。恥をかかせるなとか、目立つようなことをするなとか、一度にたくさん言われ過ぎて、内容は曖昧にしか覚えていない。
だが、散々喚き散らした後に母がテーブルを叩いたことは覚えている。
端に置かれていた醬油差しがぐらりと傾き、床に落ちて中身をまき散らした。それすらもお前のせいだと言いたげにアスカを睨んで、アスカの知らない世界のことをぶつぶつと嘆き、テーブルに突っ伏し泣いていた。
アスカが泣きながら謝っても、母は許してくれなかった。その日から昼休みに本を読むことを止めても、外で遊んだことを話してみても、母は怒ったままだった。一人では駄目なのかもと思ったが、アスカと一緒に遊んでくれる友達など誰もいないのでどうしようもなかった。
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