心の味は

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 「……アスカ?」  シオンに顔を覗き込まれ、アスカは我に返る。  「あ、うん。駿さんの料理、きっと喜んでくれると思います」  アスカは咄嗟にぎこちなく微笑んで見せたが、周囲からの心配そうな視線に耐えきれず目を逸らしてしまった。  「すみません。ちょっと……色々思い出しちゃって」  「両親のこと?」  さらりと飛び出したシオンの言葉に、アスカはびくりと体を震わせた。「何で」と言うのも待たず、シオンはさらに言葉を続ける。  「アスカ、両親の話になると暗い顔するから。また思い出しちゃったのかなって」  「実は私たち、ずっと気になってたんです。アスカが話してくれるまでは触れないようにしようと、決めてはいたのですが……」  「アスカ、俺たちが来てからまともな飯食ってなかっただろ? 何とかしてやれれば良かったんだが、三人とも料理はさっぱりだからな」  クレイが駿と目を合わせると、駿も小さく頷いた。  「実は俺、ちょっとだけクレイから聞かされてから、なんか気になってさ。俺は料理しか取り柄がないけど、話を聞くくらいならできるかもしれないだろ?」  「そういうことなら、私達にも伝えて欲しかったんですけどね……」  ミルが額を押さえてため息をつき、シオンは苦笑いを浮かべる。知らない間に気を回してくれていたことに感謝しつつも、大体のことを言う前に感付かれていたことがアスカには少し恥ずかしかった。  「そういうわけだから、何も我慢しなくていい。まあ、話したくないならそれでもいいけど……」  心配そうな顔をする駿に、アスカは小さく首を横に振った。  「ううん、嫌じゃないです。……ちょっとだけ、話を聞いて貰ってもいいですか?」  皆が同時に頷いたのを確かめてから、アスカは深呼吸をして話し始めた。  「みんな気づいてたと思うけど……私、父さんや母さんとあんまり仲良くできてなくて。母さんにはいつも怒られてばっかりだし、成績もそんなに良くはないし。……そのせいか、料理をしたくても一度もさせて貰えなかったし、服も自分で選べなかった」  時折言葉を詰まらせながら、アスカは正直な気持ちを口にする。親に心から感謝している駿は嫌な顔をするかもと不安になったが、予想に反して駿は嫌な顔はしていなかった。むしろ、アスカを心配するような眼差しを静かに注いでいる。  「全部、私が悪いんだと思ってた。勉強も運動も駄目で、人と関わるのも苦手だから、嫌われてるんだろうなって。でも、駿さんの話を聞いてたら、何だか私の親と雰囲気が違って……」  長い間封じ込めていた思いは、一度解き放たれればもう止まらない。次々とこみ上げる感情に身を任せ、アスカは今までにないほど長く素直な気持ちを語った。  不甲斐ない自分への怒り、束縛され続けてきた過去、それでも両親に愛されたい気持ちと、寄り添って貰えない悲しさ……。  やがて、思っていたことを全て出し尽くしたアスカは、疲れて口を動かすのをやめた。目からは涙が溢れ、鼻の奥が詰まったように息苦しい。  皆、アスカの話を真剣に聞いていたのか、真面目な表情を浮かべ黙り込んでいる。沈黙が辺りを覆い、空気が暗く沈んだ中で、やがて駿が深く息を吐き出した。  「話してくれてありがとな」  とても穏やかな口調で微笑みながら、駿は小さなグレーのハンカチをアスカに差し出した。アスカは少しためらいつつもそれを受け取り、腫れぼったくなった両目にそっと押し当てる。ふわりとしたタオル地が、アスカの涙を優しく吸い取っていく。  「アスカちゃん、今までよく頑張ってきたよ。もっと自分を褒めていいと思う」  体を少し前に傾け、駿は静かにアスカの顔を覗き込んだ。優しく大人びた眼差しに、アスカは思わず引き込まれそうになる。思わず言いかけた「頑張ってない」という言葉が、喉の中をするりと落ちて消えていった。  「俺はアスカちゃんの両親を知らないから、あんまり偉そうなことは言えない。でも、子どもの全てに親が口を出して、しかも苦しませているのなら……間違ってると、俺は思うな」  駿は静かに、それでいてはっきりとした口調で言い切った。  アスカの胸の奥深くで、小さく芽吹いていた感情が膨れ上がる。それは瞬く間にアスカの心を覆い尽くし、言葉にできない感情となって勢いを増していく。  泣き叫びたい衝動を堪えたアスカの目から、大粒の涙が噴き出した。  こうなってしまっては、もう抑えきれない。我慢できずに号泣するアスカの頭を、駿の手がそっと撫でていく。  その様子を、シオンたちは難しい表情を浮かべて静かに見守っていた。
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