心の味は

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 駿が帰ったあと、アスカはすぐに風呂へ入った。  シャワーを浴びながら駿の言葉を思い出すと、再び涙が溢れ出る。掠れた嗚咽もろとも、淡々と流し去っていくシャワーが温かくて心地よかった。  濡れた髪をタオルで拭いながらリビングへ戻ると、夕食時と同じ椅子に座ったシオンと目が合った。  「ねえ、少しだけ……いいかな?」  アスカは小さく頷き、いつもの席に腰を下ろす。シオンが一旦席を離れ、コップに水を注いでアスカの前に置いた。ちょうど喉が乾いていたため、アスカは小声で礼を言ってから水を飲む。  「……その、アスカに謝らなくちゃと思って」  シオンはか細い声で言いながら、頭を深く傾下げた。何のことか分からず、アスカは首を傾げる。  「君が両親とうまくやれてないこと、僕だけが何も理解できていなかったから。クレイは何となく察して、駿さんに色々頼んでたみたいだし。ミルもアスカの態度から、薄々気づいてたって」  シオンは俯き、組んだ指をもぞもぞと動かす。巨大な機獣へも臆することなく向かっていく彼が、こんな表情を見せたのをアスカは少し意外に思った。  「だから、もっと知らなきゃと思ったんだ。君のこと、君の両親のことも。話したくないなら、無理にとは言わないけど……」  「いいよ。」  「正直、私にも何考えてるか分かんないの。母さんはいつも周りからどう見られるかばっかり気にしてて、私のやることにもすぐ口を出してくるし。ちょっとしたことですぐ怒ったと思ったら、急に泣き出したりするし……」  一つ挙げれば、また一つ。胸の奥に押し込めていた感情が、じわじわと溢れてアスカの心を覆っていく。  「父さんはもっと分かんない。母さんとしょっちゅう喧嘩してるけど、私とはあんまり話してくれない。たまに話しかけてきたと思ったら、宿題をやれとか指図ばっかりしてくるし」  アスカの脳裏に、幼い頃の記憶が甦る。  宿題の前に少しだけ本を読んでいたら、サボってないで勉強しろと怒られた。何気なく発した言葉かもしれないけど、どれも楽しい気分に冷や水を浴びせられたような気分にさせた。ほんの少し相槌を打ってくれるだけでも、気分はかなり違ったのに。  「……私、嫌われてるのかな。クレイみたいに明るくて、誰ともすぐ仲良くなれたら可愛がって貰えたのかな」  つい口にした言葉に涙が溢れる。今まで積み重ねてきた自分という存在が、脆く崩れ落ちていく。  「……これ、いつか渡そうと思ってたんだけど、タイミングが掴めなくて」  シオンは服の中に手を入れ、細い鎖のようなものを引き出してアスカの前に置いた。鎖の先で輝く赤い宝石を見て、アスカは思わず息を呑む。  それは夢の世界で、アスカが友達の印として選んだペンダントだった。  「ど、どうして……」  夢の世界のものは、現実に持ってこられないと言っていたはず。  アスカに見上げられ、シオンは難しい表情を浮かべて緩く首を振った。  「こっちの世界で目覚めたとき、僕の側に落ちてたんだ。夢の世界の物を持ち帰ることは絶対に出来ないと聞いてたけど、もしかしたら例外もあるのかもしれない」  シオンは首元に手を入れる。中から青い宝石のペンダントが引き出され、照明の光を反射する。  「これは僕の推測なんだけど……もしかしたら、そのペンダントはアスカを必要としているんじゃないかな」  「え……」  「僕たちが王の側にいるのは、王が僕たちを必要としているから。一緒に暮らしてきて、君たち人間との違いを実感するときもたくさんあったけど……今日君の話を聞いて、自分を必要としてくれる存在の側にいたいって思うのは同じなんだなって思った。このペンダントも、きっとそう思ったからここにあるんだと思う」  アスカはペンダントを手に取り、両手で包み込む。手の中で輝く宝石に目を落とすと、少しだけ心強く感じられる。  「そうだったら、嬉しいな」  アスカは鎖の留め具を外し、ペンダントを首にかけた。宝石に手を添えると、シオンは目を細めて穏やかに笑った。
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