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アスカは首を小さく振って、過去の記憶を振り払う。
帰りたくはないが、母を怒らせたくもない。重いリュックを背負って椅子を収め、おぼつかない足取りで廊下へと足を進めていく。
廊下に出てすぐに、目の前を先ほどとは別の女子たちが横切っていく。
その中に、紗理奈がいた。アスカに話しかけてきたときとは違う、楽しげな笑みを浮かべて話に花を咲かせている。断片的に聞こえてきた内容から察するに、今日の英語の授業について話しているらしかった。
初めての英語の授業で、紗理奈が教科書を読み上げたときのことを思い出す。ネイティブ顔負けの美しい発音に、先生を含めた皆が感嘆の声を漏らしていた。将来は医者になるつもりらしい、という噂をどこからか耳にしたこともある。
自分とは、生きている世界が違いすぎる。
遠ざかる紗理奈の背中を目で追いながら、アスカは深く溜息をついた。
自分も紗理奈のように堂々とした、勉強のできる子だったら母に可愛がってもらえたのだろうか。あるいは、もっと明るく元気な子であれば……。
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