小さな誇り

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 「あれ……?」  どこからか、軽快な音楽が聞こえてくる。アスカは体勢を戻し、きょろきょろと辺りを見回して音のする方を探る。  「あの辺りかな」  シオンが指さした先には、寂れた小さな公園があった。アスカが幼い頃からある公園だが、遊具が二つほどしかないうえにあまり手入れもされていないため、利用する人はあまり見たことがない。  アスカは両目を強く拭い、音のする方へ歩きだした。一歩遅れて、シオンも並んで歩きだす。  そうしてたどり着いた公園で、アスカは思わず目を丸くした。  「北村、さん……?」  公園の片隅で、見知った顔の少女が踊っている。細い指先が軽快に軌跡を描き、爪先が地面を叩く。  息を潜めて耳を澄ませば、どこかで聴いたことのあるメロディが微かに聞こえてきた。どうやら踊りながら、小さな声で口ずさんでいるらしい。  軽やかな動きに、アスカはただ見入っていた。目が踊る紗理奈だけを捉えて離さず、辺りの音も、時の流れすらも意識の外へと追いやられる。  歌が終わり、紗理奈が体を捻った。真っ直ぐ伸びた腕が、微かに明るい雲の隙間を指し示す。ほっと息を吐いて姿勢を崩した紗理奈の顔が、アスカたちの目線と重なる。  「……え」  紗理奈は凍りついたように動きを止めた。どうやら、見られていることに気づいていなかったらしい。  身を固くしたアスカの隣で、シオンが不意に手を叩く。  「ちょ、シオン!」  「素晴らしいと思ったらこうするって、クレイから聞いたんだけど」    「そ、それはそうだけど!」  不意に、アスカの肩へ重い衝撃が走った。よろめいたアスカの体を、シオンが腕を伸ばし受け止める。  公園から、紗理奈の姿が消えていた。咄嗟に反対の方向を向いたアスカの目が、走り去る少女の背中を捉える。  「あ、待って!」  アスカは大きな声で呼びかけたが、紗理奈は振り向くことも足を止めることもしなかった。  「行っちゃった……」  アスカはがっくりと肩を落とした。紗理奈に嫌な思いをさせてしまったと、罪悪感がアスカの胸を覆っていく。  紗理奈があのように踊るなど、全く知らなかった。学校でもそのような話は聞いたことがないから、もしかしたら誰にも言っていないのかもしれない。  このような場所で踊っているくらいだから、人に見られたくないということを察するべきだったと、アスカは一人後悔する。申し訳無さからつい俯いてしまうと、足元に何かが落ちていることに気がついた。  アスカはその場にしゃがみ、落ちているものをそっと指先でつまみ上げる。レースを編み込んだような繊細なデザインのハンカチだが、所々が泥で汚れてしまっていた。  「僕なら追いつけるかも。行こうか?」  確かに、シオンなら余裕で追いつけるだろう。だが、アスカは少し考えてから小さく首を横に振った。  「綺麗にしてから返さなきゃ。私たちのせいで汚れちゃったんだもん」  「……確かにね」  ハンカチに目を落としながら、シオンが申し訳無さそうに呟いた。
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