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アスカと少し話したいという紗理奈の意を汲み、シオンたちは紗理奈に礼を言って去っていった。その言葉に嘘はないはずたが、機獣を警戒して街を回っているのだろうとアスカは思う。
茂みに腰を下ろし、紗理奈はアスカから水筒を受け取った。ささやかな応援の気持ちとして、アスカが用意してきたものだ。
「ありがと」
冷たい麦茶を一気に半分ほど飲み干し、紗理奈は大きく息を吐き出し口元を拭った。
「ねえ、あたしがこんなことしてるの……やっぱ変かな」
水筒をアスカに返し、紗理奈は抱えた膝の上に顎を置く。
「変じゃないよ。ただ、北村さんってこういうことするイメージあんまりないから」
「紗理奈でいいよ。……でも、やっぱそう思われてるんだなぁ」
踊ったことで気分が高揚しているのか、いつもと少し口調が違う。少し新鮮な気分で、アスカは紗理奈の話に耳を傾ける。
「私、本当はみんなが読んでる漫画とかすごく気になるんだ。でもうちの親、結構厳しくて。スマホは持たせてくれてるけど、動画もゲームも駄目って言われてるの」
小さく溜息をついて、紗理奈は足元の草を指でつつく。
「最初はね、何の疑問も持たず真面目にやってたんだ。でも、一昨年くらいかな。塾の帰りに、公園で踊ってる人を見かけたんだ。派手な格好とか激しめの音楽とか、最初はちょっと嫌だったけど……みんな、凄く楽しそうで。なんだか羨ましくなってさ、試しに隠れて振り付けを真似てみたの。そしたら踊ってる人たちに見つかって、一緒にやろうって誘われて。基本的な動きから教えて貰ってたら、結構ハマっちゃった」
紗理奈は悪戯っぽく笑った。いつも大人びた雰囲気の彼女がこんな顔をするなんてと、アスカは少し意外に思う。
「意外? でも、勉強ばっかりだと辛くなるのはあたしも一緒。成績が伸び悩んでる時とか、公式がなかなか理解できない時は特にね。そういう時は、今日みたいに思いっきり踊るの。そうすると気持ちが前向きになって、また頑張ろうって思えるから」
「じゃあ、今も悩んでることあるの?」
アスカの何気ない問いに、紗理奈の表情が曇る。聞いてはいけないことだったかと、慌てて首を振る。
「あ、ごめん……」
「いいよ、気にしないで。……本当はさ、もっと堂々と踊りたいの。家の中で流行りの音楽をかけて、親の目を気にせず踊りたい」
紗理奈は空を見上げて目を細める。翼を広げて飛んでいく鳥を見ながら、補足長い溜息をつく。
「でもね、うちの親すごく厳しくて。流行りの音楽とか、もっと聞いてみたいんだけどな」
首を大きく反らした紗理奈の隣で、アスカは目を伏せる。紗理奈の両親と会ったことはない。だが紗理奈の口ぶりから、どうしてもアスカのよく知る人物を連想してしまう。会ったことのない相手を、恐ろしく感じてしまう。
「どうしたの?」
「うん、ちょっとね……」
笑って流そうとしたアスカに、紗理奈はぐいと顔を近づけてきた。どうやら紗理奈の目はごまかせなかったらしいと、アスカは瞬時に悟った。
「聞くよ、悩み。ダンス見てくれたお礼」
紗理奈は目を細めながら歯を覗かせ、少し悪そうな笑みを浮かべる。今までに見たことも、想像さえしたことがなかった表情が、アスカの目には魅力的に映った。
頭が良くて、真面目そうで、なのに実は少し砕けた一面があって。ほんの一瞬、同い年なのに姉のようだと思ってしまったくらい頼もしく見える。そしてアスカと同じように、親が絡む悩みを抱えている。
紗理奈なら、受け止めてくれるかもしれない。少し考えた後、アスカは思い切って口を開いた。
「……じゃあ、ちょっとだけ聞いてくれる?」
紗理奈が力強く頷く。その顔にいくらか安心感を覚えて、アスカはぽつぽつと自身の境遇を話し始めた。
冷淡な母と、過干渉な父のこと。好きなことがあるのに、親の意向で手を出すことができないこと。両親が不仲で、自分もことあるごとにきつく当たられること。自分に自身が持てないこと……。
気づけば、今まで溜めてきたものを出し切るような勢いで話してしまった。さすがにシオンたちのことや両親が失踪していることは言えなかったが、それでも秘めていた想いのほとんどを言葉にして吐き出してしまった。
棘のある言葉の一つや二つも、気づかないうちに吐き出してしまったかもしれない。それでも紗理奈は一言も口を挟まず、黙って相槌を打ちながら耳を傾けてくれた。
「……話してくれてありがと。悩んでるの、あたしだけじゃないんだね」
出したいものを出し切って黙り込んだアスカを見て、紗理奈がふっと微笑んだ。お礼を言いたいのは自分の方だと思いつつ、アスカも穏やかに微笑み返す。
「なんか似てるね、あたしたち」
「うん」
二人はもう一度笑って、共に空を仰いだ。夕日を浴びる鳥が二羽、並んで軽やかに飛び去って行く。雲の隙間から差し込む光が、二人を眩しく照らしていた。
「帰りたくないなぁ、今日。ほんのちょっとでいいから、悪いことしてみたい気分かも」
「わ、悪いこと?」
「もちろん、人に迷惑かけない範囲でだよ? 例えば……どっかのお店で飲み食いするとか」
それが悪いことかは大いに疑問を抱いたが、飲み食いと聞いたアスカの頭に、駿の顔が浮かんでくる。
「……ぴったりな場所、あるかも」
「え?」
紗理奈はぽかんとした顔でアスカを見る。
「今日の夕方、一緒にどうかな?」
アスカに出来ることは限られている。だが、駿なら紗理奈の力になってくれるかもしれない。
紗理奈は少し考えて、やがて大きく頷いた。
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