小さな誇り

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 悪いことをしたい、などと言っていた紗理奈だったが、やはり行動に移すとなると緊張するらしい。  無理はしなくていいとアスカは言ったが、紗理奈は「いつまでも言うこと聞くと思われたくない」と覚悟を決め、アスカについてくることになった。  その台詞が、アスカの心に深く響いた。アスカも心のどこかで抱き続けていた想い。それをはっきり口にできる紗理奈が、やはり羨ましく見えてしまう。  店に着き、アスカはドアを開ける。涼やかなベルの音が、勉強や部活で疲れた心と体に沁み渡る。  「お、アスカちゃん……とその子は?」  グラスを拭く手を止め、駿が不思議そうに紗理奈の顔を覗き込む。  「はじめまして、北村紗理奈と申します」  大人顔負けの品のある挨拶をされ、駿もアスカも戸惑いを隠せずたじろいだ。二人の反応で、場に不相応な挨拶だったと紗理奈も気づいたらしい。  若干気まずい雰囲気が流れだしたとアスカが感じた直後、奥からばたばたと足音が聞こえてきた。  「えーっと……。もしかして、クレイが言ってた子か?」  「そうそう! ダンスがめっちゃ上手いんだよ!」  厨房の中から、クレイが早足で飛び出してきた。そのままアスカたちのもとへ駆け寄ろうとしたところを、駿が腕を伸ばして制止した。  「こいつのことは気にしないでくれ。悪い奴じゃないが騒々しくてな」  「なんだよー。ちょっとくらい話聞いてもいいだろー?」  大人二人がじゃれ合っている様子を、紗理奈はぽかんとした表情で見つめていた。  「えっと、とりあえず座ろうか」  アスカに促され、紗理奈は店の隅にある席へと移動する。窓から最も離れた席のため、万が一外に知り合いがいてもバレることはないはずだ。  「あの、あたしお金持ってないんですけど……」  冷たい水を持ってきた駿に向けて、紗理奈が申し訳なさそうに言った。  「気にしなくていいよ。その分あいつをこき使えばいいからな」  「えー!?」  駿に指さされたクレイが、グラスを洗いながら抗議の声を上げた。困惑する紗理奈に苦笑しつつ、アスカはメニュー表を紗理奈に差し出す。  「と、とりあえず何か頼もう? お金のことは気にしなくていいから」  そもそも、お金を気にせず立ち寄っていいと提案してくれたのは駿なのだ。機獣から助けてくれた礼とのことだったが、始めアスカは何もしていないと断ろうとした。駿を助けたのはシオンたち三人で、自分は何もしていないと言ったのだ。  だが、駿はアスカにも感謝しているから礼をさせろと言って聞かなかった。アスカがいなければ機獣を倒せなかったとシオンたちが言い出したこともあり、最終的にアスカが折れて駿の好意に甘えることにした。  それでも申し訳ない気持ちが大きくて、今までほとんど立ち寄っていなかったのだが、紗理奈のためになるならと訪れたのだった。  「えっと……」  紗理奈はしばらくメニュー表とにらめっこをし、アイスココアを注文した。ソフトクリームが上に乗っていて、デザートとしても楽しめるおしゃれな一品だ。  アスカは少し前に試作品を飲ませて貰った、ミント風味のレモネードに決めた。程なくして、クレイが飲み物を運んでくる。クレイは鞄についていたお守りを興味深げに見つめていたが、駿に呼ばれて渋々奥の方へ引っ込んで締まった。
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