小さな誇り

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 紗理奈はアイスココアを物珍しそうに眺め、やがてたどたどしくストローを挿した。グラスにそっと手を添えつつ、静かにストローを咥えてココアを飲み始める。ただ飲み物を飲むだけなのに、何故かアスカまで緊張してしまう。  「……美味しい」  一口飲んだ瞬間、紗理奈の表情がふわりと緩んだ。  「えへへ、こういうの初めてだから、凄く嬉しくて」  嬉しそうに口元を拭う紗理奈にほっとしつつ、アスカもレモネードを飲んだ。上品な甘さに加え、少し強めの酸味が疲れた体の隅々まで染みわたる。試作品よりも少し甘さ控えめだからか、大人の味という印象を受けた。     紗理奈はスプーンを手に取り、こんもりと盛られたソフトクリームを掬って口に含む。うっとりとした表情で吐息交じりの声を漏らした直後、ベルの音と共にドアが開いた。音に驚いた紗理奈が、びくりと肩を跳ね上げる。  「……アスカ?」  「来ていたんですね。って、あら……?」  シオンとミルが入って来る。両親の知り合いや同級生ではなかったことに安堵したのか、紗理奈が胸を撫でおろす。  「あの子、今朝も一緒にいたよね? 知り合い?」  「う、うん」  近くの席に座ったシオンとミルを横目で見ながら、紗理奈は声を潜めて尋ねた。アスカが小さく頷いて答えると、不意にシオンが立ち上がってこちらに近づいてくる。まさか来るとは思っていなかったため、今度はアスカも驚いてしまった。  「今日はありがとう。アスカから聞いていたけど、思ってた以上に素晴らしかったよ」  「あ、ありがと……」  真面目な顔で褒められ、紗理奈は困惑しつつも礼を言う。  「将来は……えっと、ダンサー? とかになるの?」  紗理奈は一瞬目を丸くする。言葉に詰まって俯き、やがて少し寂しげに笑った。  「それは無理だよ。あたしより上手い人なんていっぱいいるし、他にやらなきゃいけないこともあるしね」  「やらなきゃいけないこと?」    「将来のこと、そろそろ本格的に考えないとマズいでしょ? 今のうちにいっぱい勉強して、みんなと差をつけないといけないの。踊ってる暇があったら、一つでも多く単語を覚えたほうが……」  そこまで言って、紗理奈は言葉に詰まった。弱々しく息を吐いて、手にしていたスプーンをテーブルに置く。固く無機質な音が、やけに大きく響き渡る。  「……嘘。ほんとはもっと踊りたい。勉強が大事なのは分かってるけど、それだけなんて嫌。みんなと同じように、もっと楽しいことしたい。……何で、分かって貰えないのかな」  紗理奈は俯き、声を震わせる。決して顔を上げようとしないのは、涙を滲ませた顔を見られたくないからなのではとアスカは思った。  「真面目だなぁ、紗理奈ちゃんは。どっかの誰かとは大違いだ」  駿とミルから同時に視線を送られ、クレイは「俺ぇ?」と不満げに唇を尖らせる。「他に誰がいるんですか」と言うミルを横目で見ながら、駿はさらに言葉を続ける。  「俺が中学生の頃なんか、もっといい加減に過ごしてたよ。しょっちゅう勉強サボって漫画読んでたし、宿題も何度か忘れたし。……でも、今じゃこうやって店開いて、自分の力で生活できてる。人生なんて、意外と何とかなるもんだよ。身近に支えてくれる人がいればな」  「支えてくれる人……」  手元に目を落とし、紗理奈はぽつりと呟く。寂しそうな瞳が、テーブルの上を見つめる。  「あの」  アスカは身を乗り出し、勇気を出して口を開く。  「私、ずっと紗理奈ちゃんみたいになりたいって思ってた。しっかり者で頭もよくて、おまけに大人びてて、かっこいいって思ってたの。でも、こうやってちゃんと向かい合って話してみたら、意外と親近感を感じるところもあって……。だから今は、応援したい。紗理奈ちゃんが自分らしくいられる道を掴めるように、力になりたいって思ってる」  支えたいと思っている人間は、ここにいる。力になれることはないかもしれないけど、紗理奈に憧れて、応援したいと心から思っている。  そんな思いが、アスカを突き動かす。  「私達も応援します」  アスカに呼応するようにミルが言う。シオンも、クレイも、その場にいる全員が紗理奈に優しく微笑みかける。  「……ありがとう」  紗理奈は全員の顔を見回し、小さな声を震わせた。
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