小さな誇り

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 「あたし、母さんたちと話してみる」  店を出て別れる直前、紗理奈ははっきりとした口調でそう言った。  「大丈夫なの?」    心配するアスカに、紗理奈は明るく笑って見せる。  「分かんない。でも、今日色々話したりしてすっきりしたから。今なら思い切ったこと、出来そうな気がするの」  そう言われても、アスカは不安で仕方ない。  既に外は暗い。今頃、紗理奈の両親は帰りの遅い娘をひどく心配しているだろう。彼らの言う不良じみたことをした娘に、烈火の如く怒っているかもしれない。  そんな事態を、紗理奈も十分予測しているはずだ。それでも彼女は、両親と正面から向き合うことを決めた。その強さに、アスカは尊敬の念を抱かずにはいられない。  「頑張ってね。私、応援くらいしか出来ないけど……」  「その気持ちだけでも十分だよ。……分かってくれなくても大丈夫。私の人生だもん、一生後悔するくらいなら、喧嘩くらいどうってことないよ」  誘ってくれた礼を言い、紗理奈は手を振りながら家への道を歩き出す。街灯に照らされた背中が、アスカの目には太陽のように眩しい。  「じゃあ、また明日ーー」  紗理奈が手を振り、アスカに背を向けた瞬間。  どこからか、甘い匂いが漂ってきた。足を止めた紗理奈の前で、黒い影が闇の中から滲み出る。  紗理奈の手を掴もうと伸ばした、アスカの手が空を切る。紗理奈の体が影へと引き寄せられ、異様に長い爪が紗理奈の全身を絡めとる。  「! あ、あぁ……っ!!」  苦しみ、もがく紗理奈の体が、徐々に白く染まっていく。ぴくぴくと震えていた手足が動かなくなり、指先からごく小さな白い欠片が剥がれ落ちた。  アスカが叫びそうになった瞬間、異変に気付いたシオンたちが店の中から飛び出してきた。クレイがすかさず光弾を放ち、紗理奈を掴む腕に命中する。爪が開き、崩れ落ちた紗理奈の体を、飛び出したシオンが受け止める。  「ロード・ダスク……」  目の前に立つ影の名を、アスカは呟く。  足首までをすっぽりと覆った、黒いローブの裾が風に揺れる。月明かりを背に立つ姿は、アスカにとっては壁のように大きく恐ろしかった。  「真っ先に一般人を狙うなんて、王のすることじゃないと思うけどな」  嫌味っぽく言いながら、クレイが槍を突きつける。そんな状況を気にも留めず、ロード・ダスクはアスカを見下ろしーー  「久しいな、アスカ」  くぐもった声で話しかけられ、アスカは恐怖に身を竦ませる。ロード・ダスクに自分の名を教えた覚えは一度もない。  警戒心を顕にする二人の前で、ロード・ダスクはおもむろに仮面へ手をかけた。鉤爪のように尖った指先を仮面の縁へ食い込ませ、ゆっくりと横へ滑らせる。  「え……」  顕になっていく顔に、アスカは目を剥いた。放り投げられた仮面が地面に落ち、ガラスのような甲高い音を立てて粉々に砕け散る。  月明かりを受け、ロード・ダスクの顔が浮かび上がる。  それは紛れもなく、アスカの父ーー光嶋貴斗のものであった。
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