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「な……!?」
アスカは息を呑み後ずさった。
貴斗の体から、黒煙が立ち上る。辺りに油と、焼け焦げた鉄の臭いが満ちる。
「……お前にだけは、見られたくなかった」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、貴斗は引き裂かれたマントの端を掴んで引きちぎった。乱暴に投げ捨てられた布が風をあおり、どす黒い煙を空気の中に溶け込ませる。
露になった貴斗の体は、すでに人のものではなくなっていた。
金属と黒い線が複雑に絡み合い、かろうじて人らしい形を保っているだけだ。体のいたるところで、青白い稲妻のようなものが這っては消えている。
「なるほどな。お前も魔女と同じってわけか。王の力で無理やり抑えてるみたいだが」
ふらふらと身を起こし、肩を上下させながらクレイが言う。
「同じって……」
「さっきこいつが言ってただろ? 君のお母さんが、夢の世界についた途端に機獣になりかけたって。……こいつも、同じだったんだよ」
貴斗の言っていたことと、目の前の現実が結びつく。
機獣になりかけていたのは、貴斗も同じだったのだ。この世で最も醜いと蔑んだ存在に、貴斗自身も変化しつつあったのだ。
「こんな体、世界を作り変えた後にどうとでもできる。王の力を制御できれば、すぐにでも元に戻せるはずだ」
「それでアスカが納得すると思いますか? 機獣が醜い心の成れの果てと言うのなら、その体は――」
「黙れ! いずれ消えるお前たちが、アスカの気持ちを偉そうに語るな!」
貴斗の言葉に、仲間たちが凍りつく。三人が同時に息を呑む音が、アスカの耳にもはっきりと届く。
いずれ、消える。
その言葉の意味が、アスカには呑み込めない。理解することを、頭が激しく拒否している。
「消えるって……何?」
アスカは声を震わせ、仲間たちに問いかける。
「ねえ、どういう意味なの? みんな、いなくなっちゃうってことなの?」
仲間たちは誰一人、アスカの問いに答えようとはしない。俯き、黙り込む彼らを蔑むように、貴斗は笑う。
「その通りだ。たとえ俺を倒しても、夢の世界は壊れたままだ。人々は夢を失い、未来へ進む力を無くし……やがて滅ぶ。それを防ぐためには、この人形たちを糧に夢の世界を蘇らせるしかない」
アスカはシオンの肩を掴み揺さぶった。一切の抵抗を見せないシオンが、アスカの不安を掻き立てる。
「ねえ、違うんでしょ!? 父さんが嘘ついてるだけなんでしょ!?」
「……嘘じゃ、ない」
アスカの手に、シオンの手が重なる。シオンはそのままアスカの手を優しく掴み、そっと引き剥がすように肩から離した。
「僕たちに課せられた役目は二つある。一つは機獣と戦い、夢の世界を守ること。もう一つは……万が一夢の世界が壊れた時、己の全てを捧げて世界を修復すること。」
胸を締め付けられるような心地に、アスカは顔を歪めた。
ほんの数ヶ月とはいえ、目の前にいるのは共に過ごしてきた大切な仲間たちだ。一緒に笑ったりしているうちに、アスカは彼らのことを本当の家族のように思っていた。
それなのに体だけでなく記憶も失われ、今いる仲間たちとは二度と会えなくなる。それでは、死んでしまうのと何ら変わらない。
そんなことを聞かされて、冷静でいられるはずがない。アスカの胸の内で、湧き上がる悲しみが蓋を押しのけて溢れ出す。
「何で……何で黙ってたの? そんな大事なこと、どうして今まで教えてくれなかったの!?」
「どれだけ人らしく振る舞ったとしても、所詮は人形ということだ。人の心を理解などできはしない。さあアスカ、早くこちらへ――」
歪な笑みを浮かべた貴斗が、アスカに手を伸ばした直後。
辺りの地面が、黒く染まった。アスカも仲間たちも、貴斗の攻撃と考えて身構える。だが、その貴斗も動揺し、地面をきょろきょろと見回していた。
ならば、誰が。全員がそう考えた瞬間、闇の中から地響きに似た音が聞こえてきた。音は次第に大きくなり、やがて黒い地面の一部がぼこりと蠢く。蠢いた地面が大きく盛り上がり、巨大な塊となってせり上がる。
「な……!?」
驚愕する貴斗に、影が覆い被さっていく。塊を包んでいた闇が滴り落ち、中から金属の体が姿を現す。
「母、さん……」
そびえ立つ魔女を見上げながら、アスカは震える声で呟いた。ドレス状の装甲の下から、カタカタと音が聞こえてくる。体のあちこちから煙が噴き上がり、油が燃えるような異臭が漂う。
魔女の頭が動き、赤い目がぎらりと光る。視線の先に貴斗を捉え、キュルキュルと何かが擦れるような音を鳴らした、その瞬間。
魔女の両腕が、風を切った。針のような指で貴斗を掴み、あっという間にその体を持ち上げる。
魔女の頭部まで持ち上げられ、貴斗は逃れようと必死でもがく。魔女は頭を小刻みに揺らし、キュルキュルという音を鳴らし続けている。
「母さ――」
駆け寄ろうとしたアスカの足が、沈み込む。
地面を覆う闇が沼となり、アスカは足首までそこに沈んでしまっていた。何とか引き抜こうとしても微動だにせず、そうしているうちにもう片方も闇の中へ沈んでいく。
がくんと体が傾き、視界が闇に染まる。仲間たちの声が、少しずつ遠くなっていき――
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