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第四章 鋼の魔女と黄昏の王
「……う」
冷たい空気に顔をしかめ、アスカはゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界に、艶やかな銀色と透き通る青が映る。
「アスカ! 大丈夫!?」
はっきりと輪郭を取り戻した視界に、不安げなシオンの顔が飛び込んできた。アスカは小さく頷き、ゆっくりと重い体を起こす。
「クレイとミルは?」
「分からない。一緒に落ちたのは覚えているんだけど……」
背中の痛みに耐えつつ、アスカは立ち上がる。同じように立とうとしたシオンがふらつき、アスカは慌てて華奢な体を受け止めた。
「無理しちゃ駄目だよ。少し休んでいこう?」
「でも、こうしている間にもクレイたちは……」
「そんな体で勝てるわけないじゃない。……お願いだから、もっと自分を大事にして」
半ば泣きそうな声で、アスカはシオンを𠮟りつける。クレイとミルのことは心配だが、まずは万が一の事態に備えて少しでも体を休めたほうがいいと考えたのだった。
「……ごめん」
か細い声で謝り、シオンは壁を背に床へ座る。眠るように目を閉じた彼の隣へ、アスカも身を寄せて腰を下ろした。
息を吐いて、アスカは天井を見上げる。
城の中はひどく静まり返っていて薄暗い。床は氷のようにひんやりと冷たく、少し埃っぽい空気が辺りに充満している。
「……消えるってこと、黙っててごめん。やっぱり、怒ってるよね」
アスカは答えず、膝に顔を埋める。
シオンの言う通り、アスカは怒っていた。いつかいなくなるなら、もっと早く伝えてほしかったと。
だが、もしも早くに告げられたとして、自分は受け入れられただろうかとも考える。
そもそも始めから、魔女を倒すまでと伝えられてはいなかったか。魔女を倒した後も会えるかもしれないと、勝手に期待を抱いていた自分にも非はあるのではないか……。
「いつかは話さないといけないとは思ってたんだ。でも、君と過ごしているうちになんだか言い辛くなって……」
力なく床へ垂れた手を、アスカは握る。離れたくない。この手を離したくないと願っても、アスカにはどうすることもできないのがもどかしい。
「……嫌だよ。私、みんなと別れたくなんかない。もっともっと一緒にいたいよ」
弱々しく首を振り、アスカは声を震わせる。
思い返してみればたった数か月の、短い間だった。
それでも同じ家で過ごし、笑い合い、時には想いを分かち合った。アスカにとっては実の家族以上に、心を許せる存在になっていた。
なのに、急にいなくなると言われて納得できるはずがない。やり場のない感情をぶつけるように、アスカは乱暴に足を投げ出す。
足の先に、何か硬いものが触れた。その正体を確かめる間もなく、アスカの視界が白く塗りつぶされていく。
意識が徐々に遠のき、どこからか声が聞こえてくる。どこかで見たような景色が、見えてくるーー
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