第四章 鋼の魔女と黄昏の王

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 ーー物心ついた頃から、ずっと我慢を強いられてきた。  子どもはいかなる時も、親の言うことに従うべき。そんな考えを持つ両親にとって、間違っていることを指摘する子どもは疎ましかったのかもしれない。  両親は、自分たちに逆らわない兄ばかりを可愛がった。兄が遊んでいる傍らで、自分は親に言いつけられた仕事を黙々とこなしていた。  兄はそんな自分を、ゲーム機片手に「愚図」だと笑った。両親からの感謝や労いの言葉は、ただの一度もなかった。  高校を卒業すると同時に、自分は地元の大手企業に就職した。大学に行きたかったが、親は許してくれなかった。自分より成績の悪かった兄は、既に遠方の大学に進学していた。  仕事にある程度慣れた頃、実家を出る決意をした。両親にはひどく反発されたが、半ば逃げるように生まれ育った地を後にした。親不孝者と罵られ、罪悪感で胸が痛くなった。    一人暮らしと仕事の両立は大変だったが、月日が経つごとに少しずつ慣れていった。  ある日の休日、気まぐれで立ち寄ったリサイクルショップで懐かしいおもちゃを見つけた。子どもの頃夢中だったアニメで、主人公が乗っていた飛行機の模型だった。  私は衝動的にそのおもちゃを購入した。手のひらに収まるほどの小さな模型を、この日ほど重く感じたことはない。  枕元に模型を飾ると、不思議とその周囲だけが温かな光に満ちているように見えた。失われた青春が戻ってきたような気がして、気がつくと涙がこぼれていた。  兄と偶然再会したのは、それから一月ほど経った日のことだった。  兄は自分が地元では知らない者がいない大手企業に勤めていること、妻と二人の子がいること、いかに自分が素晴らしい功績を上げてきたかを、訊いてもいないのに次々と早口で述べていった。  「お前もおもちゃなんかで遊んでないで、俺みたいに稼いでみろよ」  別れ際に兄が言った台詞は、今でもひどく鮮明に思い出せる。そして思い出すたびに、腹の底を焼き焦がすほどの怒りがこみ上げてくるのだ。  私がおもちゃを買ったことを、兄がどこで知ったのかは分からない。だが、故郷に住む人間の性格を考えれば、近所に住む誰かから聞いたのだろうということは容易に想像できた。おそらくあの時、近隣住民かその知り合いが私の姿を見ていたのだろう。  アスカは父親に似たのか、大人しい性格をしていた。妻はどういうわけか、常にアスカへきつく当たっている。  このままでは、娘が自分と同じ未来を辿ってしまう。  何度も妻を嗜めたが、状況は一向に良くならなかった。妻とは顔を合わせるたびに口論になり、娘は日に日に笑わなくなっていった。  そんなある日、不思議な夢を見た。  気がつくと、広い草原に横たわっていた。西洋の街を思わせる場所へと導かれ、望めばいつでもそこに行けると知った。  毎晩その場所へ赴いているうちに、現実との繋がりや王と呼ばれる存在を知った。醜い心が、機械のような獣の姿で暴れていることも。  ――利用できるかもしれない、と思った。この世界を利用すれば、兄や両親といった醜い存在を消し去れる。娘が自分と同じ人生を歩まずに済む、優しい世界が作れると……。
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